【宮家邦彦のWorld Watch】
「インド太平洋戦略」とは何か
込められた厳しい現実
2018.06.07
(www.sankei.com/column/news/180607/clm1806070005-n1.html )
「太平洋・島サミット」で記念撮影に臨む参加国首脳らと安倍晋三首相。
首脳宣言では、首相が掲げる「自由で開かれたインド太平洋戦略」も明記した
=5月18日、福島県いわき市のスパリゾートハワイアンズ(松本健吾撮影)
今回の原稿は4、5日に東京で開かれた国際会議の真っ最中に書き上げた。
主催は米シンクタンク CSIS の太平洋フォーラム、多摩大学のルール形成戦略研究所と在京米国大使館で、テーマは「インド太平洋地域の民主主義と同盟関係」だった。
日本人より外国人参加者の多い、日本で開かれるこの種のシンポジウムとしては出色の会議だ。
今回はここでの筆者の発言内容を簡単にご紹介しよう。
振り返ってみれば、世界のアジア専門家が「インド太平洋」なる概念を頻繁に使い始めたのは 2017年 11月、初のアジア歴訪中に米トランプ大統領が再三言及してからだ。
12月には米国の国家安全保障戦略にも記載され、今や米国の公式政策にもなっている。
「インド太平洋」について当時、英 BBC 記者は、「アジアに関する米国の新たな戦略概念」ではあるが、「従来のアジア太平洋の焼き直しにすぎない」と断じた。
おいおい、それは違うだろう。
確かにワシントンの新政権は新語の発明が得意だが、「アジア太平洋」と「インド太平洋」は相互に異なる概念であり、そこには一定の戦略的意義があるはずだ。
「アジア太平洋」について東京では「日本が提唱した戦略に米国が歩調を合わせた」との思いが強い。
トランプ氏が言及した「自由で開かれたインド太平洋」は安倍晋三首相が 2016年ケニアで開かれた第6回アフリカ開発会議で打ち出したものだからだ。
日本の一部には、この概念の始まりが 2012年末に安倍首相が発表した「アジア民主主義安全保障のダイヤモンド」論文だったとか、更には、2007年の第1次政権時代の訪印で行った演説こそが原点だとする向きもある。
いずれにせよ、この種の概念に特許権はない。
「インド太平洋」なる概念を最初に提唱したのはインド海軍の研究者だったとの指摘もある。
問題は誰が先に言い出したかより、同概念が意味する現実の深刻さではないか。
こう述べた上で筆者はこう結論付けた。
「インド太平洋」が意味する現実は想像以上に厳しい。
「アジア太平洋」に「インド」を加える必要があるということは、現状では米国が単独で、もしくは既存の同盟システムのみで、地球規模で拡大する中国の自己主張を抑止できなくなりつつあるということだ。
オバマ政権時代から顕在化しつつあったが、米国第一を標榜(ひょうぼう)するトランプ政権に代わった今事態は一層深刻であろう。
一方、良いニュースもある。
「アジア太平洋」に「インド」が加わることは当該地域の平和と安定に関心を持ち、具体的貢献を真剣に考える国々が増えつつあることを意味する。
いずれにせよ、従来「インド太平洋」の平和と安定は米国ハワイに司令部を置く「米太平洋軍」(現在はインド太平洋軍)が過去 70年間事実上維持してきた。
その意味で「インド太平洋」なる概念は少なくとも一部関係国にとって決して新しいものではない。
しかしながら、「インド太平洋」なる概念は日本の安全保障にとって必ずしも十分なものではない。
日本の生存は東京からインド洋だけでなく、エネルギーの豊富な湾岸地域までのシーレーンの維持に大きく依存している。
インド洋からアラビア海、湾岸に至る水域はインド太平洋軍でなく、「米中央軍」の責任範囲だ。
されば、「インド太平洋」を語るにはインドの西方にあり、宗教的過激派が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する中東地域を含める必要がある。
ところが、アジア専門家の多くは中東に関心がなく、中東専門家はアジアに関する知識が乏しい。
こうした「知的蛸壺(たこつぼ)現象」は憂うべき悲劇だが、残念ながら、この傾向は日本だけでなく、欧米アジア主要国の政府関係者・研究者の間でも顕著だ。
どうやら「インド太平洋」か「アジア太平洋」かの議論には深淵(しんえん)なる戦略的発想が必要であるようだ。
◇
【プロフィル】 宮家邦彦(みやけ・くにひこ)
昭和 28(1953)年、神奈川県出身。栄光学園高、東京大学法学部卒。53年外務省入省。中東1課長、在中国大使館公使、中東アフリカ局参事官などを歴任し、平成17年退官。第1次安倍内閣では首相公邸連絡調整官を務めた。現在、立命館大学客員教授、キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。
「インド太平洋戦略」とは何か
込められた厳しい現実
2018.06.07
(www.sankei.com/column/news/180607/clm1806070005-n1.html )
「太平洋・島サミット」で記念撮影に臨む参加国首脳らと安倍晋三首相。
首脳宣言では、首相が掲げる「自由で開かれたインド太平洋戦略」も明記した
=5月18日、福島県いわき市のスパリゾートハワイアンズ(松本健吾撮影)
今回の原稿は4、5日に東京で開かれた国際会議の真っ最中に書き上げた。
主催は米シンクタンク CSIS の太平洋フォーラム、多摩大学のルール形成戦略研究所と在京米国大使館で、テーマは「インド太平洋地域の民主主義と同盟関係」だった。
日本人より外国人参加者の多い、日本で開かれるこの種のシンポジウムとしては出色の会議だ。
今回はここでの筆者の発言内容を簡単にご紹介しよう。
振り返ってみれば、世界のアジア専門家が「インド太平洋」なる概念を頻繁に使い始めたのは 2017年 11月、初のアジア歴訪中に米トランプ大統領が再三言及してからだ。
12月には米国の国家安全保障戦略にも記載され、今や米国の公式政策にもなっている。
「インド太平洋」について当時、英 BBC 記者は、「アジアに関する米国の新たな戦略概念」ではあるが、「従来のアジア太平洋の焼き直しにすぎない」と断じた。
おいおい、それは違うだろう。
確かにワシントンの新政権は新語の発明が得意だが、「アジア太平洋」と「インド太平洋」は相互に異なる概念であり、そこには一定の戦略的意義があるはずだ。
「アジア太平洋」について東京では「日本が提唱した戦略に米国が歩調を合わせた」との思いが強い。
トランプ氏が言及した「自由で開かれたインド太平洋」は安倍晋三首相が 2016年ケニアで開かれた第6回アフリカ開発会議で打ち出したものだからだ。
日本の一部には、この概念の始まりが 2012年末に安倍首相が発表した「アジア民主主義安全保障のダイヤモンド」論文だったとか、更には、2007年の第1次政権時代の訪印で行った演説こそが原点だとする向きもある。
いずれにせよ、この種の概念に特許権はない。
「インド太平洋」なる概念を最初に提唱したのはインド海軍の研究者だったとの指摘もある。
問題は誰が先に言い出したかより、同概念が意味する現実の深刻さではないか。
こう述べた上で筆者はこう結論付けた。
「インド太平洋」が意味する現実は想像以上に厳しい。
「アジア太平洋」に「インド」を加える必要があるということは、現状では米国が単独で、もしくは既存の同盟システムのみで、地球規模で拡大する中国の自己主張を抑止できなくなりつつあるということだ。
オバマ政権時代から顕在化しつつあったが、米国第一を標榜(ひょうぼう)するトランプ政権に代わった今事態は一層深刻であろう。
一方、良いニュースもある。
「アジア太平洋」に「インド」が加わることは当該地域の平和と安定に関心を持ち、具体的貢献を真剣に考える国々が増えつつあることを意味する。
いずれにせよ、従来「インド太平洋」の平和と安定は米国ハワイに司令部を置く「米太平洋軍」(現在はインド太平洋軍)が過去 70年間事実上維持してきた。
その意味で「インド太平洋」なる概念は少なくとも一部関係国にとって決して新しいものではない。
しかしながら、「インド太平洋」なる概念は日本の安全保障にとって必ずしも十分なものではない。
日本の生存は東京からインド洋だけでなく、エネルギーの豊富な湾岸地域までのシーレーンの維持に大きく依存している。
インド洋からアラビア海、湾岸に至る水域はインド太平洋軍でなく、「米中央軍」の責任範囲だ。
されば、「インド太平洋」を語るにはインドの西方にあり、宗教的過激派が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する中東地域を含める必要がある。
ところが、アジア専門家の多くは中東に関心がなく、中東専門家はアジアに関する知識が乏しい。
こうした「知的蛸壺(たこつぼ)現象」は憂うべき悲劇だが、残念ながら、この傾向は日本だけでなく、欧米アジア主要国の政府関係者・研究者の間でも顕著だ。
どうやら「インド太平洋」か「アジア太平洋」かの議論には深淵(しんえん)なる戦略的発想が必要であるようだ。
◇
【プロフィル】 宮家邦彦(みやけ・くにひこ)
昭和 28(1953)年、神奈川県出身。栄光学園高、東京大学法学部卒。53年外務省入省。中東1課長、在中国大使館公使、中東アフリカ局参事官などを歴任し、平成17年退官。第1次安倍内閣では首相公邸連絡調整官を務めた。現在、立命館大学客員教授、キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。
安全保障のダイヤモンド
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「米軍再編」なにがどう変わる?
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