インターナショナルと最初に名乗った共産主義団体はマルクスの作ったもので、その後成立したものと区別するために「第一インターナショナル」(第一インター)と呼ぶこともある。
「南京事件なかった」
と河村名古屋市長
中国共産党の市常務委員に
「互いに言うべきこと言おう」
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120220/lcl12022011410001-n1.htm
名古屋市の河村たかし市長は
20日、
同市役所を表敬訪問した
中国共産党南京市委員会の劉志偉常務委員らとの会談で、
旧日本軍による「南京大虐殺」について
「通常の戦闘行為はあったが、南京事件はなかったと思っている」
と発言した。
河村氏は、終戦時に父親が南京市にいたことを挙げて
「事件から8年しかたってないのに、南京の人は父に優しくしていただいた」
と指摘。
「南京で歴史に関する討論会をしてもいい。
互いに言うべきことを言って仲良くしていきたい」
とも述べた。
中国南京市が
名古屋市との交流停止
河村市長の発言に反発
2012.02.22 01:45
http://sankei.jp.msn.com/world/news/120222/chn12022201470000-n1.htm
中国の華僑向け通信社、中国新聞社によると、江蘇省南京市は21日、姉妹都市提携を結んでいる日本の名古屋市の河村たかし市長による、旧日本軍による、いわゆる「南京大虐殺」を否定する発言で、住民感情が傷つけられたとして、名古屋市との行政当局の交流を当面中止すると発表した。
河村氏の発言に反発し、中国側が報復措置を取る形だ。
日本政府が3月9日から南京市で予定している「南京ジャパンウィーク」の開催にも影響を与えそうだ。
河村市長は20日、中国共産党南京市委員会の劉志偉常務委員らとの会談で、南京大虐殺について「通常の戦闘行為はあったが、南京事件はなかったのではないか」と発言した。
両市は1978年12月に姉妹都市提携を結んでいる。
河村氏は62歳だそうですから、お父さんは少なくとも90歳前後ですね。
前にもどこかに書きましたけど、今年で戦後66年。戦争中の話は、少なくとも85歳以上の人から、直接、聞いて下さい。
戦争中に20歳以下だと、まだ自分の考えが固まっていないし、それ以下なんて言語道断。
学校で、ピッチャーは敵国の言葉だからと黒く塗りつぶして投手と書き換えさせられ、戦争が終わると、またもやそれを塗り潰してピッチャーと書き換えさせられた世代の言うことなんて、あっちの人がああ言った、こっちの人がそう言ったなんてものばっかりですwww
中には、正確な判断が出来た父親から、きちんと話を聞いて、正しい知識を持っている人たちもいますが、多くは戦後の困窮で食うのが精いっぱい。子供に構ってるヒマも心の余裕もなかった人たちが大半だったと思います。
関連ニュース
「南京大虐殺」宣伝の裏に共産勢力
2011.06.23
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110623/chn11062305000001-n1.htm
「『南京大虐殺』という、戦時プロパガンダが行われた経緯を、解明する新たな糸口になるかもしれない」。
『別冊正論』15号(「中国共産党 野望と謀略の90年」)の編集を終え、そんな期待が膨らんできました。
中国の国民党が主導したと考えられてきた「大虐殺」の宣伝に、中国共産党、または、ソ連が大きく関与していた可能性が、論文筆者たちの指摘で浮かび上がってきたのです。
虚実不明の「南京大虐殺」を、初めて世に紹介したのは、英マンチェスター・ガーディアン紙特派員、ティンパーリーが、1938(昭和13)年に刊行した、『戦争とは何か』です。
ティンパーリーは当時、中国の国民党中央宣伝部顧問で、資金提供も受けていたことが、北村稔・立命館大教授らの研究で判明しています。
同著の出版をはじめとする「大虐殺」宣伝は、世界中で反日世論を高める、戦時プロパガンダだったのです。
『別冊正論』15号では、3人の筆者が、このプロパガンダへの中国共産党、または、ソ連の関与を示す根拠を提示しています。
(1)『戦争とは何か』中国版の序文を書いた、有名文化人の郭沫若(かくまつじゃく)は、日中戦争勃発にあわせ、亡命先の日本から、中国共産党や、コミンテルン(戦前~戦中の国際共産主義運動指導組織。本部・モスクワ)の支援で、極秘帰国し、戦時宣伝を担当した(中西輝政・京大教授)
(2)同著の日本語版序文を書いた、青山和夫こと黒田善治という人物は、コミンテルン秘密工作員とともに、中国で活動していた(近現代史研究家、長塩守旦氏)
(3)「大虐殺」の証拠の一つとされた『ラーベ日記』筆者、ジョン・ラーベは、ソ連の大物スパイ、ゾルゲの活動を、上海で支援していた赤軍諜報部員の友人だった(江崎道朗・日本会議専任研究員)-。
『戦争とは何か』英語版に、コミンテルンの影が見え隠れすることは、北村教授も著書『「南京事件」の探究』で指摘しています。
「大虐殺」宣伝、に国際共産主義勢力が積極的にかかわっていたとすれば、相当の規模をもった対日宣伝戦だったことを意味します。
アメリカでは近年、第二次世界大戦前後のルーズベルト政権内に、ソ連と通じた秘密共産党員が多数潜入して、政策に影響を与えていたという実証研究が進み、共産主義の世界革命戦略が、当時の情勢分析に欠かせないという見方が強まっています。
「大虐殺」宣伝もその中に位置づけられるとしたら…。
今後の検証が待たれます。
【コミンテルン】(Comintern、Коминтерн)
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%a5%b3%a5%df%a5%f3%a5%c6%a5%eb%a5%f3
共産主義の国際団体、「第三インターナショナル」のこと。
第二インターナショナルは第一次世界大戦によって崩壊。
ロシア革命(十月革命)の後、1919年3月に革命主体のボリシェヴィキが各国代表をモスクワに集めて結成。
本来は世界革命を目指す団体だったが、スターリンの一国社会主義論によって、いうなればソ連共産党の各国支部のような存在になってしまう。
第二次世界大戦中の1943年5月に解散。
2012.02.20