パトリック・J・ブキャナン著/河内隆弥訳
超大国の自殺
― アメリカは、2025年まで生き延びるか? ―
2012年11月5日 第1刷発行 幻冬舎
第1章 超大国の消滅
(11) 行き詰った民主主義
われわれには隙があった。
危機がやってこようとは思っていなかった。
そう言ったのは、2008年の金融危機当時の、
ゴールドマン・サックスのロイド・ブランクフェインである。
かれは、金融崩壊の確立を、
1 シーズンに 4回のハリケーンが東部海岸を襲う確立になぞらえた。
ブランクフェインは、金融危機調査委員会の委員長から、
ハリケーンは 「天災」 ですよ、と念をおされた。
しかしブランクフェインは、
JP モルガン・チェーンのジャミー・ダイモンに支持された、
「とにかく、われわれは逸れた・・・
国内物価は永遠に上がらない」。
ウォールストリートの大物たちは、
住宅バブルが破裂するかも知れないとは予想していなかったし、
自分たちの貸借対照表に積みあげたサブプライム証券が
暴落する可能性に思いおよばなかった。
ブランクフェインの、見過ごしたことについての弁明を裏書きする、
次のような厳然たる真実がある。
財務省と連銀が、
アメリカの
「トゥー・ビッグ・トゥ・フェイル (大きすぎて潰せない)」 金融機関への
ベイルアウト (緊急融資) として数千億ドルの現金注入をしなければ、
リーマン・ブラザースを殺した危機は、全員を殺してしまうところだった。
とはいえ、危機以前に、
住宅バブルが膨らみつつある、と注意したアメリカ人もいた。
ウィリアム・ボナーのいう債務の帝国がやってきつつある、
とあるものは予言した。
いま、われわれは新たな警告を耳にしている
―― GDP の 10% の赤字を出しつづけている合衆国は、
ドルの投げ売り、ないし国家債務のデフォルトの危機に
晒されている。
膨大な収支不足の悪影響に注意を促すもののなかには、
議会予算局の元局長、ルドルフ・ベナー、
元連邦会計監査院長のデヴィッド・ウォーカー
がいる。
公的債務
―― 市民、企業、年金基金、国家ファンド、
諸国政府に負っている部分の国家債務 ――
は 2009年に、GDP の 41% から 53% に上昇した。
ベナーとウォーカーは、
財政不足を管理下におくことが至上命令えある、
と信じている。
そして世界に、
アメリカはギリシャを大文字で書いたようなものではない、
と受け取ってもらうように、
アメリカはこの財政赤字を止める信頼すべきプランを
樹立しなければならない、と。
その方法は 3つある。
その最初のものは経済を急速に成長させることである。
それによって税収は増加し、
雇用保険などのセーフティ・ネット政策の支出が減少する。
しかし、成長はゆっくりで、その程度に応じた効果しかもたらさない。
GDP の 10% の赤字を止めるには
連邦支出の大幅削減と増税が不可欠と思われる。
さて、政策のことを考えてみよう。
連邦予算の 5 大項目とは、
社会保障、
メディケア (医療保険)、
メディケイド (低所得者医療補助)、
防衛支出、
そして債務金利である。
しかしオバマ時代
――まだ 2年しか経っていない――
を通じて計画された 1 兆ドルの赤字で、
支払わなければならない債務の金利は急上昇するはずである。
無保険のものの医療補助をするためのメディケアの
削減措置に老人たちは怒っていたが、
さらにメディケアをカットすることは民主党の自殺行為になる。
同じことがメディケイドにもいえる。
民主党は、2010年の議会選挙に敗れたが、
その敗れた政党に忠実だった有権者の
医療の恩恵を削ろうといているのだろうか?
民主党はサード・レール
(=第三軌条、
訳注:触れると関電する線路のなかの 3番目のレールのことから、
政治的に命取りになる行為をいう)
に触れて社会保障を削減するのか?
下院共和党による主要福祉政策の大幅な削減措置は、
ハリー・レイドの仕切る上院の民主党と、
バラク・オバマのホワイトハウスの黙認を
必要とするだろう。
これほどの程度可能なのだろうか?
防衛問題について、
オバマ自身、駐留軍を倍増して 10万人とするなど、
アフガニスタンへのアメリカの介入を強化した。
ペンタゴン (国防総省) は、
10年の戦争で破壊された、ないし陳腐化した兵器と機器類の
更新をしなければならない。
そして軍事費を大きくカットしようとすると、
共和党の猛烈な抵抗を覚悟しなければならない。
となると、大幅な予算削減はどこからひねりだすのか?
議会とホワイトハウスは、
FBI、CIA など国内治安の支出を削るのだろうか、
2009年のクリスマスの日のデトロイトの災厄寸前の事件
(訳注:デトロイト上空飛行中の
ノースウェスト航空機爆破未遂事件)、
そしてタイムズ・スクエアの爆弾不発事件のあとで?
民主党と共和党はいっしょになって、
軍人恩給、
道路橋梁の壊れかかったインフラストラクチャーへの支出、
そして、オバマが
すべての子どもに大学進学の機会を与えると約束したときの
教育予算を、
削ることがはたして出来るのか?
失業率が引き続いて 9% 近くに定着しているとき、
レイドの上院は、
フード・スタンプ、失業保険、勤労所得税額控除の
削減を容認できるのか?
各省庁の予算を 2010年度に平均 10% 増加させた上院が、
連邦の役人と連邦政策の受益者たちが
民主党擁立のもっとも忠実かつ信頼できる投票母胎であるときに、
連邦の機関とか連邦職員の俸給に大なたを振るえるのだろうか?
オバマは中間層の税金を上げないと約束しただけではない、
なんらかの幅広い増税をすれば
自身と党に対して毒となってふりかかり、
共和党が支配する下院を絶対に通過しないだろう。
オバマは出口のないジレンマに直面する。
民主党は政府与党である。
持ちつ持たれつの関係にある。
政府はより大きくなる、
より多くの政府機関ができ上がる、
より多くの役人が採用される、
より多くの市民が恩恵や小切手を受け取る、
まわりをより堅固に固める、
これが政府与党のすることである。
過去 80年、これが成功への民主党のファーミュラだった。
「税金は取り放題、カネはつかい放題、選挙はし放題」、
FDR 側近のハリー・ホプキンスの政策を簡潔に描写すればこうなる。
ここにオバマのジレンマがある。
国家債務のデフォルトを回避するために、
連邦職員と連邦の福祉を徹底的にカットする緊縮の時代に、
与党指導者はどのように対処すれば良いのか?
与党指導者は、どうすれば政府を小さく出来るのか?
共和党も、そこから後退できない一線を画した。
かれらは増税には賛成票を投じないだろう。
ほとんどの共和党員が
有権者に約束したことの違反となるのみならず、
それは自殺行為となるだろう。
増税に署名した共和党員は二度と地元にもどれなくなる。
なぜなら、今日共和党と肩を組むのは
ティー・パーティという “はみだしもの” で、
ワシントンの税金戦争からの敵前逃亡者は、
ティー・パーティに射殺されるからである。
共和党員はティー・パーティの人々の機嫌を損なうことはしない。
目の前にそうするとどうなるか、という実例があったからである。
ペンシルベニアのアーレン・スペクター上院議員は、
オバマの刺戦策に賛成した、
ただちに元下院議員のパット・トゥーミーの挑戦を受けた。
トゥーミーは 20ポイント、リードした。
立候補を生かすために
スペクターは所属政党を変えなければならなかった。
スペクターは負け、トゥーミーがいま上院議員となっている。
ティー・パーティの人々は、
ジェラルド・フォードの妥協とコンセンサスの教育を
まったく受けていないのである。
オバマ大統領の財政責任・改革委員会の共同議長である、
元上院議員のアラン・シンプソンは、
増税問題を断固譲らない仲間の共和党員の愛国心に挑んだ。
――一人として――
われわれがどの方向に向かっているかを
知らない現役の議員はいなかった・・・。
そして不安を煽ったり、仲間割れや相互に憎み合う政策を
とろうとするものも
―― アメリカ人であることを忘れていても、
民主党であろうと共和党であろうと、
われわれは現在同じような居場所
(少々の違いはあっても) にいる。
共和党員は、ブッシュの
1 兆ドル減税、
1 兆ドルの戦費、
高齢者の処方薬恩典、
すべての子どもを落ちこぼれにしない政策
などの財政支出を容認した。
しかし、シンプソンが、
増税に対する保守派の反対の背後に 「不安と憎悪」 がある、
と言わんばかりだったことは間違っている。
歴史と原則が、保守派の増税反対を推進する原動力である。
1982年、ロナルド・レーガンは、
課税の公平と財政責任法による増税を承認したが、
かれは筆者に、
議会から、嘘をつかれたと言われた、
と語った。
増税の 1 ドルごとに、3 ドル支出を減らす、
とレーガンは約束したが、やったことは反対のことだった。
ジョージ・H・W・ブッシュは 1988年、
「わたしの唇を見てください!
新しい税金はありません!」
と言って選挙に勝った。
この天の約束破りが忠節な信奉者たちを気落ちさせ、欺くこととなった。
1992年の大統領選の落選で、このことが彼には高いものについた。
保守派が増税に抵抗するのは、
国民にとって政府が大きくなりすぎている、と信じているからである。
それが野獣を、食物を与えないダイエット状態
――新規税収がない――
におくことを意味するなら、そうしなさい。
たしかに多くのものは、
国民と民間企業が作りあげた富を、
食欲を制御できないガツガツした政府に移転するくらいなら、
債務デフォルトの危険を冒す方がましだ、と考えている。
ここでオバマ大統領はどうすれば良いのか
―― そしてわれわれは?
減税が見送られて、軍事費が上昇し、
社会保険、メディケア、メディケイドそのほかの給付政策の削減が
政治的毒素というのであれば、
われわれは 1 兆 5千億ドルの赤字をどう減らせば良いのか?
どうすれば、公共債務が GDP の 100%、そしてそれ以上となることを
止めることが出来るのか?
アメリカでは、政府が立往生している、というだけではなく、
その民主主義が行き詰っている。
システムと国家そのものが危機に陥っているのである。
2010年 11月 2日、アメリカ人は、
この 4年間で 3回目となる現統治体制否定の投票を行った。
国は、フランスの第 4共和制の様相を帯びてきた。
憤激した国民が、
シャルル・ド・ゴール将軍を呼び戻して政権を担当させるまで、
第 4共和制は統治政党と首相が入れ替わっていた。
いま、民主党、共和党双方とも
天からの委任を受けているとは言い難い。
アメリカは海図なき海に漂っている。
国はだれの手にも落ちる。
わが国は、世界最古の憲政共和国であり、
それに続く諸国のモデルである。
しかし、選ばれたリーダーが、
国家を、通貨の切り下げと債務のデフォルトから回復させるに
必要な犠牲を課すことが出来ない、とすれば、
民主主義が真に人類の未来を拓く、と言い切れるだろうか?
それとも、嵐をより巧妙に切り抜け、
景気刺戟通貨をもっと賢明に注ぎ込み、年率 2桁成長に戻す、
中国の国家資本主義が未来モデルとなるのだろうか?
どうすればわれわれはデフォルトへの高速道から
降りることが出来るのだろうか?
アメリカの財政危機は、
民主主義が持続性を保つかどうかのテストとなる。
ほかの建国の父たちと同様に、ジョン・アダムズは
民主主義が長続きするとは思っていなかった。
「民主主義が長続きするとは決して思いなさるな。
それはすぐに陳腐化し、使い果たされ、自らを殺してゆく。
自殺しなかった民主主義はありません」。
もくじ
(hawkmoon269.blog.so-net.ne.jp/2017-01-28 )
日本語版への序文
序文
まえがき 分裂してゆく国家
1 超大国の消滅
2 キリスト教国アメリカの死
3 カソリックの危機
4 白いアメリカの終焉
5 人口統計の示す冬
6 平等か、自由か?
7 多様性 (ディヴァーシティ) カルト
8 部族主義 (トライバリズム) の勝利
9 「白人党 (ホワイト・パーティ)」
10 緩慢な後退
11 ラスト・チャンス
謝辞
訳者あとがき
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◆ 超大国の自殺 (13) 第1章 ⑪ 行き詰った民主主義
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