パトリック・J・ブキャナン著/河内隆弥訳
超大国の自殺
― アメリカは、2025年まで生き延びるか? ―
2012年11月5日 第1刷発行 幻冬舎
第1章 超大国の消滅
(10) 政府の収奪の仕方
ベルサイユ条約をきめた 1919年のパリ会議のあとの著書、
『平和の経済的帰結』 のなかで、
オン・メイナード・ケインズが書いた。
「資本主義システムを崩壊させる最良の方法は、
その通貨を劣化させることだ、とレーニンが言ったそうだ。
果てしないインフレーションの継続で、
政府は、密やかに、だれにも気がつかれず、
国民の富のウうような部分を手に入れることが出来る、と」。
ケインズは同意する。
レーニンはまったく正しい。
社会の既定の秩序を引っくり返すのに、
通貨の毀損 (きそん) ほど巧妙で確実な方法はない。
その過程は、
破壊者側の経済法規のかくれた力を総動員するので、
百万人に一人も診断をくだせない。
むかし 5セント貨で何が買えたか、
いま1 ドルで何が買えるか、
考えてみればレーニンとケインズのいうことがよくわかる。
1952年、コカコーラは、飴ん棒と同じに5セントで買えた。
映画は25セントで、ガソリン 1 ガロン、煙草 1 箱と同じだった。
2ドル出せば、煙草は 1 カートン買えた。
インターネットで、
最近ケンタッキーの小売商が喫煙者に安売りを呼びかけている、
「煙草代が 60% も安くなりますよ。
1 年間経てば大変な節約になります。
プレミアム・ブランドの煙草は、
キャメルにもマルボロにもひけを取らず、
値段はカートンあたり、43.99ドルです」。
60% の割引で買っても、煙草は 1950年代の 20倍する。
コカコーラと飴ん棒は 10倍、映画は 30倍から 40倍だ。
いまガロン 4ドルのガソリンは 16倍である。
価格があがり、その値上げの理由に税金がつかわれるとして、
起こったことはドルの劣化である。
ドルはその購買力の 90% を失った。
1947年、会計士だった筆者の父が
事務所のシニア・パートナーになったとき、
キャデラックの新車を買った
―― 3200ドルだった。
いま同じ車は 5万ドル以上する。
このドルの値上がりに責任があるのはだれか?
そう、1913年以来、ドルはだれの監督下にあったのか?
何兆ドルもの富を費消させ、
1930年以降最大のリセッションにわれわれを投げいれた
金融危機に大衆は怒りをつのらせている。
家を買う余裕のない階層に
サブプライム・ローンを銀行から押しつけさせたのは、
ブッシュの共和党と、
バーニー・フランクの民主党である。
そしてファニーとフレディ、ウォールストリートの銀行群。
AIG の天才たち。
しかし連邦準備銀行は、
通貨の管理をしていたのにもかかわらず、
そしてすべての金融危機は貨幣の危機であったにもかかわらず、
非難から逸れているのである。
「大騒動のもととなる政策を考案したものたちが、
いまや出口を指し示す賢明な公僕のふりをしている」、
とトーマス・E・ウッズ・ジュニアは書く。
創立以来の金融危機に対応した連銀の役割を迫った、
その著作、『メルトダウン』 は、
ジョージア州海岸沖おジキル島における会議が母胎となった。
ウッドロウ・ウィルソンの戦い (第一次大戦) で
連銀が貨幣を増発したため、
1920 ― 1920年に 「忘れられている恐怖」 がやってきた。
終戦となったとき、連銀が引き締めに転じたので
生産は、1920年なかばから翌年なかばにかけて 20% も縮小した。
この恐慌のことはどうしてあまり知られていないのだろうか?
それはハーディング大統領が介入しなかったからである。
かれは企業と銀行が倒産し、価格が下落するにまかせた。
熱気がこもりだしたアメリカは、
ウィルソンが設定した戦時税率を引き下げてから、
ローリング・トゥェンティーズ (はね回る 1920年代) に向かって
離陸した。
そして、ノーベル賞を取ったミルトン・フリードマンの
『合衆国貨幣の歴史』 に述べられているとおり、
連銀は 1920年代なかば、マネーサプライを膨らませた。
キャッシュが株式市場に流れこんだ。
株は 10% の証拠金で思惑買いされた。
マーケットは舞い上がった。
市場が立往生すると株価は急落しはじめた。
証拠金取引は姿を消した。
アメリカ人は貯金を引出しに銀行へかけつけた。
そしてパニックが起こった。
数千の銀行が閉鎖した。
株価は 90% 近く値下がりした。
マネーサプライの 3番目
(訳注:M3として加わる
農協、信用組合などの預貯金、金銭信託)
は消えてなくなった。
大恐慌を起こしたのは連邦準備銀行である。
スムート=ホーリー法
(訳注:1930年6月に成立した、
アメリカの輸入関税を記録的な高さに設定させた法律。
大恐慌の傷を深くしたといわれている)
が構想された。
大恐慌の原因を、
ハーバート・フーバー大統領の生来の保守主義の所為
とする神話があるが、
フーバーはまったく経済に関する保守主義者ではなかった。
かれはレセ・フェール (なすがまま) 政策を放棄し、
増税し、公共事業を興し、行き詰った企業に緊急融資を行い、
州に対し救済計画の資金を融資した。
フーバーは、80年後、オバマが実行したことを実行した。
1932年の大統領選で、ルーズベルトはフーバーを、
「史上最高の平時における政府支出を行った」 大統領である、
と非難した。
FDR のランニング・メイト (副大統領候補) 、
「さぼてんジャック」 ・ガーナーは、
フーバーを、「国を社会主義の道に引きおろす」 と酷評した。
しかし、大統領に就任すると、
FDR は価格の値下がりに恐怖を抱いて、
収穫物の廃棄、豚の屠殺を命じ、
企業には、生産を制限し、
価格を固定化するカルテルを結ばせた。
ルーズベルトは恐慌の影響、価格下落の原因を誤解した。
価格は、自由市場で、本来あるべき水準にもどるものである。
値下がりは、事実、回復への第一歩なのである。
恐慌について、ポール・クルーグマンが述べた、
「経済とニューディールを救ったもの、
それは第二次世界大戦と呼ばれる
巨大な公共事業プロジェクトだった。
それは最終的に、
経済が必要とする財政的刺戟を与えたのである」。
『メルトダウン』 でウッズは書く、
クルーグマンはノーベル賞をもらったかも知れない、
しかしかれの分析は 「実際に何が起こったかについて、
愚劣、奇妙きわまりない誤解釈に満ちている」、と。
たしかに労働力の 29% が徴兵されて、
その仕事は年寄り、女性、ティーンエージャーたちが引き継ぎ、
失業率は低下した。
しかし、経済学者がいうように、
どうすれば年率 13% の成長が出来たのか?
そのころは割り当てが行われ、
生産物の品質は低下し、
住宅や乗用車は買えなかったし、
労働日数は長かった
―― そしてどこへ行っても品不足だった。
極上の労働力が軍の訓練キャンプ、基地、海上、
激戦の浜辺や敵地上空の飛行機などに配備されていたときに、
どうすれば経済がブームになるのか?
皮肉なことだが、
連邦支出が 3分の2 に削減されるので戦後の恐慌がやってくる、
と経済学者が予言した 1946年は、
合衆国史上最大のブームの年となった。
なぜだろう?
実物経済は、人々が本当に欲しいものを作っていた
―― 乗用車、テレビ、そして住宅である。
企業は、
破綻を目的とする戦車、鉄砲、艦船、航空機を望む
政府の小役人相手ではなく、
消費者のニーズに応えていた。
ウッズを支持して、
2011 年、著述家のロバート・デルが書いた、
1945年から 1947年にかけて、
連邦歳出は GDP の 41・9% から 14・7% に削減された。
しかしこの期間を通して失業率は3・6% を下回ったままで、
実質GDP は、9・6% の成長を示した。
経済学者のデヴィッド・ヘンダーソンによれば、
「戦後のブームは、
ケインジアンの多くが起こり得ないと予想したなかで
起こっていた」。
2008 ― 2010年のリセッションにおける金融崩壊について、
ウッズは書く、
「最大の単独の張本人は連銀である・・・
国家のそれまでの歴史を超える量のドルが、
2000年から 2007年にかけて創造されていた」。
連銀が引き締めに転ずると、バブルがはじけた。
連邦準備制度理事会議長のベン・バーナンキの
独立性と先見性なかりせば、
経済は、リーマン・ブラザース瓦解のあと、奈落の底に陥っただろう、
と多くのものが論じた。
しかし、その奈落の縁にまでわれわれを引きずりこんだのは
だれだったのか?
「権力に関する諸問題については・・・
人への信頼に頼ってはならない。
人を憲法の鎖によって害とならないよう
縛っておかなければならない」
とジェファーソンが書いた。
一世紀前、議会とウィルソンが、
アメリカのマネーサプライを管理する権限を、
神聖化された銀行の集まりである連邦準備銀行に譲ったとき、
われわれはジェファーソンの警告を忘れていた。
その年、1913年、
20ドル紙幣は 20ドルの金貨と同じ購買力を持っていた。
今日、20ドル金貨は、75枚の 20ドル札に同価値となる。
ドルの力の防衛が
その聖なる義務である連邦準備銀行の管理下で、
ドルは、98% から 99% の購買力を失った。
四世代を通じて、アメリカ人は
目立たぬように、また組織的に、
連銀によってその貯蓄を奪われてきた。
連銀は、恒常的にマネーサプライを膨張させ、
戦争を遂行したい、また、経済の 4分の 1 を費消しつつ、
ジョージⅢ世の思いもおよばぬ税制と規制で
政府を際限なく拡大させ、
そのことで喝采を得たい、とする政治家たちにおもねってきた。
「行き詰った国家の一番の特効薬は
通貨のインフレーションである、
次が戦争だ」、
とアーネスト・ヘミングウェイは語った。
「両方とも一時的な繁栄を起す、
両方とも永遠の荒廃をもたらす。
しかし両方とも、
政治的、経済的なオポチュニストの逃げ場になる」。
2009年、9・5% という失業率が 14カ月継続したことに
フラストレーションを感じたバーナンキは、
金と商品相場が歴史的高値を記録しているのにもかかわらず
デフレーションの恐怖にかられ、
連銀は紙幣を印刷する、というサインを送った。
インフレ率は 「低すぎ」 だから、という理由で。
もくじ
(hawkmoon269.blog.so-net.ne.jp/2017-01-28 )
日本語版への序文
序文
まえがき 分裂してゆく国家
1 超大国の消滅
2 キリスト教国アメリカの死
3 カソリックの危機
4 白いアメリカの終焉
5 人口統計の示す冬
6 平等か、自由か?
7 多様性 (ディヴァーシティ) カルト
8 部族主義 (トライバリズム) の勝利
9 「白人党 (ホワイト・パーティ)」
10 緩慢な後退
11 ラスト・チャンス
謝辞
訳者あとがき
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◆ 超大国の自殺 (12) 第1章 ⑩ 政府の収奪の仕方
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