パトリック・J・ブキャナン著/河内隆弥訳
超大国の自殺
― アメリカは、2025年まで生き延びるか? ―
2012年11月5日 第1刷発行 幻冬舎
第1章 超大国の消滅
(9) フード・スタンプの国
「歴史の教訓・・・は断言する。
いつまでも救済に頼ることは
基本的に国力を破壊する。
精神と倫理の崩壊につながる。
そんな形で救済を与えようとすれば、
それは人間精神を麻痺させ、
少しずつ破壊してゆくこととなる」。
大恐慌時代、福祉に関連して発言されたこの言葉は、
1935年のルーズベルト大統領の一般教書演説のなかにあった。
FDR は、
かつて自助努力を標榜したアメリカ人が、
日々の糧を永遠に政府に求めるのではないかと、
危惧したのである。
麻薬のように、依存心が個人の
――そして国家の――
靱帯と精神を荒廃させるのではないかと。
75年後の 2010年、4180万人の人口が
フード・スタンプの対象となっているニュースが飛び込み、
2011年にはその数は 4300万人に増加するだろうと。
その通りになった。
2011年 2月までに、
アメリカ人の 7人に 1人の 4420万人が
フード・スタンプの対象となった。
ワシントン DC では、
5分の1 の人口がフード・スタンプを貰っている。
アメリカの衰退を描くには、
「フード・スタンプの急増」 を
材料にして始めるのがよかろう。
「偉大な社会」 の煽動者、『フード・スタンプ法』 は、
1964年、L・B・ジョンソンの署名で出来上がった。
当初は 40のカウンティ (郡) と、3つの市に住む
35万人の個人が対象とされ、
7500万ドルが充当された。
皮肉なことに、フード・スタンプが法制化したのは、
ジョン・ケネス・ガルブレイスが、
ベストセラーになった同名の著書で、
「アメリカが世界の中の 『豊かな社会』 である」
と宣言した 5年後のことだった。
とはいえ、1960年代、飢えたものはどこにもいなかった。
ジェームズタウン
(訳注: 17世紀初頭、イギリス植民者が作った町。飢餓に苦しんだ)
以来、1846 ― 1847年の冬、シェラネバダ山中で遭難し
死人の肉を食した ドナー隊などのケースを例外として、
この国に飢餓はなかった。
しかし、1968年、CBS は、
チャールズ・クラルトをナレーターとする
「アメリカの飢え」 という番組で、
餓死した痩せ細った乳児の姿を放映した。
上院議員のジャージ・マクガバーンが
これに反応してヒアリングを始めた。
『ザ・マニュピュレーターズ (操る人々)
―― メディア時代のアメリカ』 で、ロバート・ソーベルは
CBS を、
月足らずで生まれた死児を利用して国民を騙した
と、告発した。
しかしこのドキュメンタリーは、
「偉大な社会」 プログラムに現実的な衝撃を与えた。
1969年、ニクソンが大統領に就任すると、
毎年 2億 7千万ドルの予算で
300万人のアメリカ人がフード・スタンプを受け取ることとなった。
1974年、ニクソンが去ったとき、この政策は、
毎年 40億ドルかけて 1600万人の国民を食べさせていた。
2011年までに、ことは急展開していた。
合衆国フード・スタンプ計画の納税者に対する費用は、
770億ドル。
4年間で 2倍になっていた。
その理由の第一は、「家庭の崩壊」 である。
アメリカの子どもの 41% は
婚姻関係以外から出生している。
そのうちの黒人の数字は 71% である。
フード・スタンプは、
父親に見棄てられた子どもたちを
養っているのである。
納税者は、
何百万人もの文無しの父親の
後始末をつけている。
フード・スタンプは社会を良くしているのだろうか?
ニューヨーク市を見てみよう
―― そこでは、住民の 5人に 1人、170万人が、
日々の暮らしにフード・スタンプを当てにしている。
幼稚園から 8年生まで、公立学校へ通う子どもたちの
40% が重量オーバー、肥満である。
フード・スタンプに依存している貧困層に、
肥満児の割合がむしろ多いのである。
フード・スタンプを利用している貧しい母親たちは、子どもたちに
糖分が多量には入っている
ソーダ水、キャンディ、ジャンク・フードを与えている。
(元) 市長のマイケル・ブルームバーグが、
フード・スタンプは
砂糖の多いソフトドリンク購入には使えないようしよう
と、農務省に提案したが、抵抗に遭った。
「砂糖飲料の購入を控えると・・・ 世の中のためになる」
と、公益科学センターのジョージ・ハッカーが述べた。
「しかし、フード・スタンプに頼る人々を
貶しめないことを考える倫理上の理由は、山のようにある」。
2004年、農務省は、
フード・スタンプをジャンク・フードには利用させないようにしたい
という、ミネソタ州の要請を拒絶した。
農務省は言う、その要請を許すと、
フード・スタンプの利用者は狭い範囲の買い物しか出来ない
という、「神話を固定」 してしまうと。
果たしてそれは神話なのか?
真実なのか?
何と世の中は変わってしまったのだろう。
もっと貧しかったアメリカは大恐慌を克服した。
そして、
99週間の失業保険、
福祉の諸手当、
勤労所得税額控除、
フード・スタンプ、
家賃補助、
政府のデイケア、
給食、
低所得者医療扶助
などの制度が、まったくなくて世界大戦に勝った。
むかし、公的ないし民間の慈善事業は必要と見なされていた。
しかしそれは、
稼ぎ手が仕事を見つけるまで、
あるいは一家が立ち上がるまでの、
つなぎと見られていた。
ほとんどがみんなが、
厳しい労働と忍耐によって自分の道を拓き、
家族を支えることが出来るという、
望みを持っていたのである。
その 「望み」 は、すっかり他のものに変わった。
今日、我々は
数千万人という永遠の下層階級の存在を
許容している。
彼らは立ち上がれず、
その食事、衣類、住居、教育、医療
―― などは社会によって支えられるほかない。
その生活のすべてを納税者に依存しているのである。
この独立国家アメリカにおいて、
我々は、スペイン一国の規模の扶養国民を抱えている。
我々は国家の新たな分裂に直面している。
二重三重の運賃を払う国民と、
永久に無賃乗車している国民と。
わが国民の本質に際立った劣化がある。
我々は親たちのような国民ではない。
我々は、かつての我々ですらない。
「福祉の麻薬から抜け出さないと、
何が起こるか分からない」
と言った FDR は正しかった。
「基本的に国力を破壊する精神と
倫理の崩壊につながる」
を、わが国は実践してしまった。
2010年、エデュケーション・トラスト
(教育基金。
訳注: 1996年、ワシントン DC に設立された
教育の機会均等を目的とする財団)
は、若者たちがどれほど弱体化しているかを調べた。
若者は体力に乏しく、犯罪も多発させ、
高校の卒業もままにならない状況にある。
17歳から 24歳まで、
アメリカの若者の 75% は、軍の入隊試験すら受ける資格がない。
テストを受けた最近の高校卒業生の 4分の1 は、
「基本的な問題、
たとえば 『2 + X = 4 の場合、X はいくつか?』 」
といった問題で、
郡の各部隊に必要な最低限の得点すらクリアできなかった。
もくじ
(hawkmoon269.blog.so-net.ne.jp/2017-01-28 )
日本語版への序文
序文
まえがき 分裂してゆく国家
1 超大国の消滅
2 キリスト教国アメリカの死
3 カソリックの危機
4 白いアメリカの終焉
5 人口統計の示す冬
6 平等か、自由か?
7 多様性 (ディヴァーシティ) カルト
8 部族主義 (トライバリズム) の勝利
9 「白人党 (ホワイト・パーティ)」
10 緩慢な後退
11 ラスト・チャンス
謝辞
訳者あとがき
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◆ 超大国の自殺 (11) 第1章 ⑨ フード・スタンプの国
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