METALLICA ~ Hardwired
METALLICA
『HARDWIRED... TO SELF-DESTRUCT』 (2016.11.18)
(Amazon )
パトリック・J・ブキャナン著
宮崎哲弥監訳
病むアメリカ、滅びゆく西洋
2002年12月5日 成甲書房
第十章 分断された国家
(6) 政治 (b)
傲岸不遜な司法
連邦最高裁改造が勝利への最大関門だ。
護憲主義に立ち返り、社会の在り方は国民の声で決めること。
わが国が依然自由の国であるなら、そうあらねばならない。
判事指名に 「政治色は持ち込まない」 とブッシュ氏は言うが、
保守派はしっかり持ち込むこと。
リベラル活動家を承認する必要はない。
父ブッシュ大統領ご指名のスーター、
フォード大統領ご指名のスティーヴンス
のような者を選ぶとしたら、救いがたい過ちだ。
憲法が連邦議会に課した
すべての制限が州にも課せられる憲法修正第 14条の文言は
破棄されねばならない。
ミランダ判決からロウ対ウェイド判決に至るまで、
これを盾に最高裁が国家を牛耳っている。
1996年 11月、
雑誌 「ファースト・シングス」 編集者リチャード・ジョン・ノイハウス神父は
『民主主義の終焉? 司法による行政侵害』 と題する評論集を発刊。
近年の連邦最高裁判決に対する憤激とフラストレーションから生まれた
同書の主題は以下のとおり ――
行政は国民の意思を反映していない・・・
良心的市民は
もはや現在の統治様式を信認できかねるところまで
きているのではなかろうか。
ノイハウス神父によると、論者は
「従うことのできない行動原則に対し、
良心的市民がどう反応するかを考察している」。
その反応は
「個人的な不服従からボイコット等、
市民レベルでの反抗運動、モラル改革運動までさまざま」
だという。
論者の一人、ロバート・ボークによると、
「VMI 判決 (ヴァージニア陸軍大学の女子排除を違憲とした判決)
が出たとき、最高裁はまるで “やくざ者の集まり” だと家内が言った・・・
やくざ者とは法的権限なしに他者を思いのまま支配する者を指す。
まさに現在の最高裁多数派を的確に表現している」。
元最高裁判事ボークは、
そろそろ公然と反旗を翻す公僕が現われる
と推測する ――
おそらく近い将来、
選挙で選ばれた者が最高裁判決をあっさり無視する日が来るだろう。
全米に衝撃が広がるだろうが、そう驚くことはない。
最高裁の権威を否定するとは市民的反抗ではないかと
眉をひそめる向きもあろうが、
権限を逸脱した判決を出し続ける最高裁もまた
危険度においては同等だ。
すでに合衆国政府が 「合法性」 を失った 「体制」 との前提に
ショックを受けた新保守主義派は、同評論集を 「反米主義の噴出」 と非難。
また、「ファースト・シングス」 理事を辞任する者まで出る騒ぎとなった。
が、同書が有益だったことは間違いない。
本件論議を活発にしたという点で。
裁判所が民主国家に専横制をしきはじめたら、
大衆には批判する以外どんな手立てがあるだろう。
一つには、
罰金を支払ってでも判決を無視するという役人を支持すること。
たとえばアラバマ州のロイ・ムーア判事はこう主張する――
私の法廷の壁から十戒のプレートを除去したかったら
軍隊でも派遣することだ。
たとえ誰になんと命じられようと撤去するつもりはない、と。
もう一つの頼みの綱は、
連邦議会に最高裁の権限限定と、
住民投票で連邦判事を罷免できる法律規定を働きかけること。
連邦判事の終身制廃止、任期制導入も可能だ。
志さえ一つにすれば、
国民が主権を奪還できる憲法上の策は
いくらでもある。
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目 次
(http://hawkmoon269.blog.so-net.ne.jp/2016-08-15 )
日本版まえがき
序として
第一章 西洋の遺言
第二章 子供たちはどこへ消えた?
第三章 改革要項
第四章 セラピー大国はこうして生まれた
第五章 大量移民が西洋屋敷に住む日
第六章 国土回復運動 (レコンキスタ)
第七章 新たな歴史を書き込め
第八章 非キリスト教化されるアメリカ
第九章 怯える多数派
第十章 分断された国家
著者あとがき
監訳者解説
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◆ (65) 第十章 ⑥ 政治 (b) 傲岸不遜な司法
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