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◆ (61) 第十章 ③ 主権問題

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パトリック・J・ブキャナン著
宮崎哲弥監訳
病むアメリカ、滅びゆく西洋
2002年12月5日 成甲書房

第十章 分断された国家



(3) 主権問題



1973年の 『ヒューマニスト宣言』 における世界共同体宣言はほとんど予言的であった。
曰く、アメリカは
「国家主権の限界を超え・・・
世界共同体の建設を推し進め」 なければならない。
「超国家的政治体を基盤とした世界秩序を・・・待望する」。
グラムシや 『緑色革命』 の言説をまね、宣言は熱狂的にまくしたてる ――



   真の革命が始まる・・・
   現在われわれは
   可能な限り最も高度な全人類参加型の枠組みを作りつつある・・・
   教会や州、党、階級、人種等の狭い枠組みを超えた、
   より壮大なビジョンを・・・
   われわれは
   個人より人類全体の目標を掲げる世界共同体の市民となる。



こうした世界政府樹立はカント以降知識人の夢であり、
非現実的ではあったが世代を超え繰り返し叫ばれてきた。
キリスト教とは相容れぬ異端の思想である。
啓蒙思想家は教会非難を開始するにあたり、
誓いと天国というビジョンの代用品を必要とした。
そこでひねり出されたのが、全人類が共同で地上に創る天国という新ヴィジョン。
この来世を捨てて現世を取る思想は
一杯の羹 (あつもの) のためにヤコブに家督権を売り渡したエサウの取引そのものだ。
そして啓蒙思想の末裔たちは目下、着々と建設を進めている。
西洋におけるキリスト教撲滅を機に、
すでに世界政府用のビルの基礎と一階フロアは完成した。



立法府は国連。
安全保障理事会が上院 (拒否権はいずれ廃止) で
総会が下院。
ICC
 が世界最高裁で、
WTO が地方裁判所。
IMF が中央銀行。
世界銀行とその姉妹機関は海外支援部局。
国連食糧王行機関 (FAO) と世界保健機関 (WHO) は厚生省。
地球温暖化防止京都会議は言わば世界環境保護局。
クリントンのオックスフォード時代のルームメイトで
クリントン政権のロシア政策顧問でもあったストローブ・ラルボットは
10年前 『タイム』 誌上で 21世紀後半の体制を次のように描写した ――



   現在、基本的に諸国家間の秩序は保たれている・・・
   が、いかに永久不可侵に見えようと、
   それはうわべだけの仮の姿にすぎない・・・
   百年後には・・・
   現在の独立国家制度は廃れ、
   世界が一つの統一体となっているに違いない。
   20世紀半ばに一世を風靡した流行語 ―― 「世界市民」 ―― は
   21 世紀末に現実の意味を持つだろう。



タルボットによれば、WTO・IMF・世銀は
「統一世界の暫定的貿易・財務・開発省」 だそうだ。



「われわれは単なる経済的統一にとどまらず、
政治的統一も目指しているのではないのか?」
2001 年 2月の欧州議会で
ロマーノ・ブローディ欧州委員会委員長は怒声を発した。
「各国個別に世界ステージで生き残るのは
至難の業だとの認識はあるのか?」



ヨーロッパはすでに 「主権問題」 に直面している。
偉大なる諸国
 ―― 英国、フランス、イタリア、ドイツ、ロシア ――
そして壮大な歴史と遺産を誇る国々
 ―― ポルトガル、スペイン、オーストリア、ハンガリー、
   オランダ、ポーランド、ギリシャその他各国 ――
は、この先も独立独歩の道を望むのか。
それとも独立生活には疲れたのでそろそろ国家は安楽死させ、
ブリュッセルの管理機構に依存して暮らすのか。



勇敢なる欧州市民の戦いは 1914年から 1989年まで続いた。
ファシズムもポリシェヴィズムも粉砕された。
だが歴史はそこで終わらない。
国際共産主義との戦いが終わると
今度は国際社会主義との戦いが始まった。
これは 21世紀を決する戦いだ。
西洋文化は独自のまま生き残るのか、
あるいは多文化大陸のサブカルチャーに変わるのか。
欧州諸国は独立性を維持するのか、
あるいは各国固有の権利行使が永久に禁じられるような超国家政府の
属州に成り下がるのか。



今日、欧州人は、
過去の罪に対する貞節な償いとして、
先祖が迫害・蹂躙した民族の末裔に門戸を開放し
国土を共有せよと教わる。
そんな彼らが文化マルキストの有無を言わせぬ要求に抵抗できるだろうか。
人類のために君たち国家は自殺しためと迫るも同然の要求に。



「可能な限り最も高度な全人類参加型の枠組み
 ―― 教会や州、党、階級、人権等
の狭い枠組みを超えた、より壮大なヴィジョン」。
『ヒューマニスト宣言』 は高らかに謳う。
それでもやはり、家族、国家、教会、文化が第一という人々が
少なからず存在する。
つまり今世紀の戦いで敵味方を分ける境界は、
愛国主義か世界主義か、
国民国家か新世界秩序か。
「永久独立!」 か世界政府か、
ということ。



独立は権力よりも尊く、
国家を守るために戦う価値は充分ある。
EU、国連、WTO その他 「国際共同体」 に
愛着や忠誠心を抱く者などいないのだから、
愛国者が一致団結、勇気を持って戦えば決して勝てないことはない。
ジェイムズ・バーナムのリベラリズム評はグローバリズムにも当てはまる。
「 (リベラリズムは)人々にやむにやまれぬ自己犠牲心を生じさせない・・・
ぼやけた観念を提示するだけ
 ―― なぜなら、過去の受難やわだかまりに根ざしたものではないから」



大衆に知られても愛されてもいないエリート部隊の世界主義は
愛国主義の大堡礁で粉微塵に砕け散る。
われわれはそう信じるし、そこに望みを託す。



解体され主権を放棄し超国家政府に組み込まれる国もあるだろう。
それでも欧州市民は反撃するに違いない。
かつてソヴィエト帝国に立ち向かい祖国を再建したときのように。



ゴアやクリントンなら京都議定書も ICC 条約も惰性で批准させただろうが、
ブッシュは前者を退け、後者にも反対姿勢を貫いている。
WTO に関しては、諸国間のいがみ合いに何ら対処できず、
ダヴォス以外に同機関支持者はまずいない。
シアトル暴動が示すように、
労組や消費者運動、極右の活気や情熱は場外で発揮された。



欧州市民はストローブ・タルボットやロマーノ・ブローディが用意してくれた
素晴らしき新世界に警戒心を示しはじめた。
ニースでの EU 首脳会議の場で
小国は相次いで国家主権譲渡にためたいを見せた。
デンマークはユーロ導入を否決。
2001年 3月、スイスは
EU 加盟交渉をただちに始めるべきか否かを問う国民投票を
圧倒的多数 ―― 77% ―― で否決した。
全州で 「ノー」 が上回り、ドイツ語圏では 85% に達した州もあった。



EU の指導を無視して減税に踏み切ろうとしたアイルランドは叱責を受けた。
「遺憾ながら、教師はいちばんの優等生を叱らねばならないこともある」
とブローディ。
これに対し、経済成長率 8% を維持していたアイルランの外相は
「(これほど好景気なのが) 他国だったら、もっと好き勝手にやっているはずだ」
と憤激、続いて国民もニース条約
 ―― 自国の発言力低下と主権国家たる地位を脅かすEU 拡大条約 ――
批准を否決した。



イタリアは新政権に国益優先を掲げる右派を選んだ。
ドイツ・キリスト教民主同盟 (※メルケル首相の党ですね) は
国家のアイデンティティと文化を守る気構えを遠慮会釈なくぶち上げだした。
英国保守党は敗北を喫したものの、その主義主張
 ―― 国家とポンドの死守 ――
は多数の支持を得ている。
こうした抵抗勢力の台頭に、大西洋を越えたこちら側も応えねばなるまい。



EU の東方拡大は早晩破綻を来たす。
25カ国にも膨張したらブリュッセルが統制するのは不可能だ、
50州を束ねる米連邦政府のパワーを身につけぬ限りは。
われわれは世界共産主義に打ち勝ったように、
世界政府主義にもまだ負けてはいない。



たとえ大統領や党が主演放棄を望んでも、米国人は断固抵抗し、
マーガレット・サッチャーや、ポンドを愛国心の砦とみなす
ユーロ懐疑論者と提携すべきだ。
すべての国家に選択のときがやってきた ―― 抵抗か、あるいは死滅か。
この先ゆっくり休める夜はない。



この戦いにおいて米国はどうしたらより多くの賛同者を得られるか。



◍  IMF・世界銀行に対する資金投入の停止。
 この 2機関は、
 普通の銀行員なら刑務所送りになるほど莫大な額の金を浪費してきた。
 ところが現在、グローバル・エリートの独裁政府に属そうとしている国々は
 たいてい IMF の配下にある。
 このつながりを切断せねばならない。



◍  ブッシュ大統領は、
 クリントン氏が署名したICC 設立条約と自身が離脱表明した京都議定書の批准案を
 上院で審議させること
  ―― 両案とも否決するよう勧告を添えて。
 いかなる場合も国連の政治力獲得の試み
  ―― とりわけ国連による税金の徴収、国連軍設置計画 ――
には抵抗すること。



◍  昔のように各国と二国間貿易条約を結ぶこととし、
 WTO ―― 米国 1 票に対し EU が 15票有する国際採決機関 ――
 廃絶を目指すこと。



◍  NATO 拡大に反対すること。
 スターリンの侵略から西欧を防衛するために発足した自由国家同盟 NATO は
 いつのまにか新帝国主義に変質し、
 ついに民主主義と人権の名の下に統治権を行使、
 小国を侵略攻撃までしはじめた。
 建国の父たちはクリントンとオルブライトがセルビア人に為した行為を
 深く恥じていることだろう。
 この小さな国は米国を攻撃も威嚇もしなかった。
 なのに米軍はさながらヒトラーのごとく彼らを叩き潰した。
 かの地における米国の威力を誇示するために。



◍  欧州、アジア駐留の米軍を完全撤退させ、
 冷戦時代に遡って条約の見直しを図ること。
 韓国その他古くからの同盟国は今後、国防は自前で賄うべきである
 前世紀の偉大なる帝国はみな同じ理由で崩壊した
  ―― 能力や国益の範囲を超え、あまりにも戦争をしすぎた。
 そろそろ歴史から学ぼう。



テロへの警戒と悪党国家によるミサイル攻撃防衛は最優先事項ではあるが、
わが国・わが軍に対する攻撃を防ぐ最善策は、
他国のイデオロギー・宗教・民族・歴史・領土紛争に一切関わらないことである。



2001年 9月 11日の悲劇の直接の原因は、
何ら正当な根拠もなくイスラム世界に首を突っ込みすぎた
米国の干渉主義にある。
米国は共和制国家だ。
帝国ではない。
建国者の説いた外交方針
 ―― 他国の揉め事に口出ししない ―― を復活させない限り、
戦いの終結も故国の平和もありえないことを悟るべきだ。


          ◇


目 次
(
http://hawkmoon269.blog.so-net.ne.jp/2016-08-15 )

日本版まえがき
序として

第一章 西洋の遺言
第二章 子供たちはどこへ消えた?
第三章 改革要項
第四章 セラピー大国はこうして生まれた
第五章 大量移民が西洋屋敷に住む日
第六章 国土回復運動
レコンキスタ
第七章 新たな歴史を書き込め
第八章 非キリスト教化されるアメリカ
第九章 怯える多数派
第十章 分断された国家
著者あとがき
監訳者解説



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