BOB SEGER ~ Against The Wind (1980)
パトリック・J・ブキャナン著
宮崎哲弥監訳
病むアメリカ、滅びゆく西洋
2002年12月5日 成甲書房
第九章 怯える多数派
(1) 「さあ、そろそろ交替だ!」
「虐げられし者の究極の夢は、弾圧者との立場の交換である」
と、革命論者フランツ・ファンノンは指摘した。
卓見である。
ファノンの説を念頭に置くと、
女性参政権や労働運動として始まった公民権運動が
いかにして革命の武器に変質したか理解しやすい。
1950年代のアフリカ系米国人は、
保守的で愛国心の強い、誇り高きクリスチャンであった。
国家の完全に平等な一員となることが彼らの望みで、
誰もが命懸けで取り組んでいた。
アメリカはイエスと答えた。
黒人も白人も同じだと。
国家は人種隔離政策を捨てた。
われわれはより結束した国家への途上にいるかに思えた。
ところが不平の種が是正され法的平等が確立されると
国民の関心はよそへ移り、公民権は昔の話になってしまった。
国じゅうの関心を取り戻すには目新しい要求をひねり出さねばならず、
それが満たされればまた次を考え出さねばならない。
差別撤廃だけでは不充分、
アファーマティヴ・アクション、定数割り当て、政府契約最低割り当て、
仕事の評価、賃金、収入、
選挙区ごとの 「公正な」 議席数割り当てが必要だ。
学級ごとの人種バランスも必須。
たとえ白人児童をスラムに強制バス通学させることになろうとも。
標語はかつての自由に代わり、
ブラックパワーの 「交渉の余地のない要求」 となった。
1971年、アリゾナ州の弁護士資格試験に落ちた白人学生が
自分より得点の低い黒人学生は合格した
と訴えた事案が連邦最高裁で審議された。
審議中、黒人判事サーグッド・マーシャルは
同僚のウィリアム・ダグラスに向かって言った。
「長いこと君らに差別されてきた。そろそろ交替だ」
公民権運動は文化革命と融合し、
好戦的指導者は次々に新たな要求を突きつけた。
「ディキシー」 その他類似の歌を公の場で歌うのは禁止。
金輪際、リーを讃えてはならない。
ワシントンその他、奴隷所有者の名前を黒人児童の通う学校に冠してはならない。
人種的中傷を含むマーク・トゥウェインの本は追放せよ。
南軍旗は差別の象徴、州旗から除去しないとボイコットを開始する。
移民法は 「多様化」 促進のため途上国優先主義に改正せよ。
黒人を迫害する白人に特段の罰を与え再教育を施すためヘイトクライム法が必要だ。
さらに、そろそろじっくり腰を据えて奴隷賠償の話し合いに入りたい。
「いかなる革命成功者も早晩、己が退陣させた暴君の衣をまとう」
とバーバラ・タクマンは言った。
エリック・ホッファー曰く、
いかなる政治信条もやがて取引となり不正に堕する。
公民権運王は不正に堕した。
親切な国民はみな、
黒人社会がこの破局を乗り切るのに多少なりとも手を貸そうとするだろう。
なんとなれば、
彼らアフリカ系住民もみな同じ神の子、同じ共和体の市民なのだから。
だが、ジャクソン、シャープトン、ボンドらはわれわれの手助けを拒否するだろう。
彼らはわれわれをなぶり、挑発し、悪魔呼ばわりしたいのだ。
そうすることによって名声を保持し、テレビに招 (よ) ばれ、
寄付金や補助金が転がり込んでくるのだから。
ビルボーやブル・コナーがいないなら新たな差別主義白人を見つけねば。
でっちあげでもいいから。ジョン・アシュクロフトやジョージ・W・ブッシュのように。
黒人指導者ブッカー・T・ワシントンは、
こうした人種をネタにした恐怖屋に注意するよう警告を発していた ――
いつも揉め事を起こしては、
黒人が虐待されるさまを公衆に見せるのを生業にしている有色人種層が存在する。
そうした揉め事で稼げることに気づき、わざと目立つように非行を働く連中が ――
同情を集めたい気持ちと、金になるからという計算で。
なかには黒人の不平の種が除去されなければいいと願っている者もいる。
職を失いたくないから。
まさにそのとおり。
こと人種関係の議論になると共和党議員は舌がもつれる。
麻痺症状を起こすほどびびっているらしい。
なぜだ?
公明正大なクリスチャンとして
彼らは、確かにアメリカは過去に過ちを犯したと認めている。
われらが祖先は奴隷制に加担した。
人種隔離政策をとった。
インディアンに対する処遇は
「山上の垂訓」 を神の教えとして受けた者のなすことではなかった。
だが、いつまでも罪悪感にのたうち回り、
一生かけて赦 (ゆる) しを請おうとする彼らは、
ジャクソン、シャープトンらペテン師軍団の頭にとっては格好のカモなのだ。
真実?
奴隷及び奴隷売買の話については、確かに西洋人はいちばんの悪党だが
同時に唯一のヒーローでもある。
なぜなら、奴隷制発案者でもない西洋が奴隷制を廃止したのだから。
西洋が存在しなかったら、
いまだにアフリカの支配者たちは同胞の体を売りさばいていたことだろう。
マンサ・ムーサの知己らにとって、奴隷は即現金化できる作物だったのだから。
モーリタニアやスーダンでは奴隷制が復活したが、
すでに西洋各国でモラルの強請 (ゆす) りによってキャリアを確立したインテリ層は
深い沈黙を守っている。
確かにアメリカは分離社会であったが、
現在、国民がこれほど自由、機会、繁栄を享受できる国はほかに存在しない。
謝罪の時は終わった。
しかし降伏と賠償で平和が買えるなら、と中産階級が考えているとしたら
それは大きな勘違い。
彼らが拒否しても人種ギャングはまた新たなカモを見つけるだけだ。
だが物言わぬ大衆がこのまま黙って要求に応じ続けるなら、
向こうも果てしなく要求し続ける。
そろそろノーを突きつける時だ。
公民権運動の衰退と文化革命への吸収統合は、
国家の多数分裂の危機を孕 (はら) んでいる。
経済を基盤にしたニューディール政策は国民を持つ者と持たざる者に二分した。
一方、民主党の新融和路線はブロック投票と民族政策を基盤にしている。
現在がっちり握っている黒人票を仮に失うようなことがあれば、
民主党の大統領選勝利はまず不可能となる。
それが政治の実態だ。
ゆえに共和党に対する黒人の嫌悪感の維持は民主党にとって死活問題である。
1990年代、選挙のたびに同党は人種カードを切った。
向こうが勝ったら黒人教会は焼かれるぞ、公民権も剥奪されるぞ、と煽り立てて。
2000年大統領選のキャンペーン中、ピッツバーグの黒人教会を訪れたゴア氏は
対抗馬を以下のように評した ――
ライバルであるブッシュ知事は、
憲法を厳正に解釈する人物を最高裁判事に指名するつもりだそうですが、
もしやそれは、憲法草案時に、
ある種の民族は 5分の 3人分の権利しか有しないと決めたような学者のことでしょうか。
ブッシュは奴隷制容認派だと匂わせているのだ。
問題発言ではないか? 確かに。
だが収穫はあった。
過去最大、11 対 1 の大差で黒人票はアルバート・ゴアがかっさらった。
これだから捨てられない。
人種カードは都市部における切り札。
商品はホワイトハウス。
のるかそるかの大勝負でこの切り札を捨てたら、
アル・シャープトンやジェシー・ジャクソンはいったいどんな手段を講じる?
さらに興味深い質問 ――
共和党がこの敵の難攻不落の砦を切り崩そうと
選挙のたびに膨大なエネルギーを注ぐのはなぜなのか。
「獲物のいるところに狩りに」 行けばいいではないか。
共和党の最大にして最も忠実な票田はアメリカのマジョリティだ。
1972年、ニクソンは白人票の 67% を獲得した。
1984年のレーガンは 64%。
ブッシュは 54% だが、男性に限ると 60%。
投票総数に占める白人票は依然 82%、その 6割方を押さえておけば、
それ以外の票はべつになくても困らない。
白人男性は常に逆差別の被害者だ。
黒人指導者はもとより、学者やジャーナリスト、フェミニストの攻撃対象としても
いちばん人気を誇る。
が、こうした攻撃者で中産階級に慕われている者は誰もいない。
人種選り好み・移民猶予政策をやめ、物言わぬ大衆寄りに方針転換すれば、
共和党の国政選挙における勝率は高まる一方だというのに。
そういえば、殺人者ウィリー・ホートンを仮釈放したマイケル・デュカキスの罪を指摘し、
ACLU 会員証をデュカキスの首にぶら下げることによってホワイト入りを果たした
初代ブッシュが
同ハウスを立ち退くことになった理由は、
増税と ――
常に恩を仇で返す反体制派への 「歩み寄り」 を示した ――
定数割り当て法案の承認であった。
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目 次
(http://hawkmoon269.blog.so-net.ne.jp/2016-08-15 )
日本版まえがき
序として
第一章 西洋の遺言
第二章 子供たちはどこへ消えた?
第三章 改革要項
第四章 セラピー大国はこうして生まれた
第五章 大量移民が西洋屋敷に住む日
第六章 国土回復運動 (レコンキスタ)
第七章 新たな歴史を書き込め
第八章 非キリスト教化されるアメリカ
第九章 怯える多数派
第十章 分断された国家
著者あとがき
監訳者解説
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◆ (55) 第九章 ① 「さあ、そろそろ交替だ!」
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