SHINEDOWN ~ It All Adds Up (2015)
SHINEDOWN 『THREAT TO SURVIVAL』 (2015.09.18)
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パトリック・J・ブキャナン著
河内隆弥訳
超大国の自殺
―アメリカは2025年まで生き延びるか?―
2012年11月5日発行 幻冬舎
第6章 平等か、自由か?
(6) 「不平等こそ自然である」
歴史家であるウィルとアリエル・デュラントは、40年を費やして 11卷もの記念碑的大作、『文明の物語り』 を著わし正反対の結論に到達した。
『歴史の教訓』 でデュラント夫妻は結論した。
「自然は・・・アメリカ独立宣言とフランス人権宣言をあまり注意深く読んでいない」。
われわれはみな、自由で平等には忌まれていない ― 身体的、心理的な遺伝、所属するグループの習慣や伝統に従っているし、人は多様な健康度、体力、知的能力、性格を与えられている。
自然は、選択と進化のために必要なものとして、人に差異があることを好んでいる。
同じように見える双子にも沢山の相違点がある。
瓜二つとはいえないのである。
不平等は、「自然で生来のものであるに留まらず、文明の複雑化とともに増大する」。
ハワード大学で LBJ の述べたすべてを否定して、デュラント夫妻は断言する。
自然は、われわれのユートピアにおける自由と平等の融合を笑う。
なぜなら、自由と平等は不倶戴天、永遠の敵同士であり、片方が勝てば片方が死ぬ関係にあるからである。
人々をいったん自由にするや、自然の不平等が等比級数的に拡大する。
19世紀、レセ・フェール (自由放任主義) の時代の米英関係のとおりである。
不平等の増大を阻止するためには、自由を犠牲にしなければならない。
1917年のあとのロシアのように。
繰り返そう。
「不平等の増大を阻止するためには、自由を犠牲にしなければならない」 と。
ここがこの章のポイントである。
平等が王位に就けば、自由は消える。
平等社会の実現は、自由社会の終焉を意味する。
「自由の本質は・・・不平等にある」 とカソリック大学哲学部の名誉学部長、ジュード・ダハティは書いた。
「人間は、体力、知性、野心、勇気、忍耐力、その他の成功のための条件において、みな異なる。
人間を、自由と同時に平等におく方法はない」。
平等のために捧げられた革命 ―
・ マラーとロベスピエールのフランス革命
・ レーニンとトロッキーのロシア革命
・ 毛沢東の中国革命
・ カストロとチェ・ゲバラのキューバ革命 ―
について考えてみると、デュラント夫妻は正しくなかったか?
ダハティは間違っていたか?
フェミニストのイデオロギーである男女平等の首長は人間の本性と異なる。
男は、より大きく、強く、攻撃的である。
男が女の 10倍、罪を犯し、獄につながれる理由である。
なぜ男が戦争し、軍を率い、帝国を建設するのかの理由でもある。
男の知的水準は女より高く、また低く、その幅が広い。
男性は、数学、科学、哲学において、女性にはあまり例のない高度な理論に達することが出来る。
同時に堕落する方向でも男の場合はより深刻である。
アメリカ人が大好きなスポーツでも、男女はそれぞれ分かれて競い合っているのである。
フランス人権宣言の第一条は、ジェファーソンとルソーの考え方を反映させたものである。
「ひとは権利において自由かつ平等に生まれ、そして生きる。
社会的差別は一般の利益においてのみ設けられ得る」。
しかし、幼児は自由に生まれているか?
「一般の利益」 とは誰が決めるのか?
権利の平等、良いだろう。
しかし子どもたちは学習能力において、全員が平等には生まれていない。
半数は平均以下あのである。
一年生なって 2カ月もすれば、子どもはみなが平等ではないことに気づく。
あるものは優秀で、ほかのものは愚鈍である。
あるものはスポーツが得意で、ほかのものはそうではない。
あるものは歌が上手で、ほかのものは上手く歌えない。
ある女の子たちは可愛く、ほかのものは平凡である。
「人が天性平等であるということは、真理にほど遠い。二人の人間が 30分も一緒に過ごせば、どっちが上にたつかすぐにわかる」 と言ったのはサミュエル・ジョンソンである。
旧約聖書、新約聖書で、すべての人間は平等に描かれているか?
ユダヤ人は神が救済を約束した選ばれた人々である。
神の子とその母、および 12人の使徒はユダヤ人だった。
弟子たちのなかで、キリストはヨハネをとくに好み、ペテロを自らが建てる教会の礎石となるよう昇進させ、ユダを非難した。
寓話のなかで取り上げられる弟子たちの才覚は公平なものではなく、それぞれの弟子はその才覚なみに振る舞うことにされている。
キリストが、あるものは他のものより有能に生まれついているということを、教えているのだとすれば、ハワード大学で昂揚された平等主義は、キリスト教の信仰と対立する。
ローマ人への手紙で、パウロはそのことを確認した。
「私たちは、与えられた恵みに従って、異なった賜物を持っている」。
◆ 意外なところから 「フランクフルト学派」 を理解する (^^;
(http://hawkmoon269.blog.so-net.ne.jp/2015-12-16 )
☆ 片岡義男著 『音楽風景』 より
☆ ワッツの暴動
☆ ブラックパンサー党
◆ 超大国の自殺
★ 国家とは何ぞや?
(http://hawkmoon269.blog.so-net.ne.jp/2015-12-20 )
★ 超大国の自殺 ☆ 概要 (上)
(http://hawkmoon269.blog.so-net.ne.jp/2015-12-20-1 )
★ 超大国の自殺 ☆ 概要 (下)
(http://hawkmoon269.blog.so-net.ne.jp/2015-12-21 )
◆ ここでもう一度、フランクフルト学派 (トロイの木馬革命)
(http://hawkmoon269.blog.so-net.ne.jp/2015-12-21-1 )
第6章 平等か、自由か?
( 1) 建国の父たちの信じていたもの
(http://hawkmoon269.blog.so-net.ne.jp/2015-12-21-2 )
( 2) アメリカは平等に関心を持っていたか?
( 3) マディソン氏の沈黙
(http://hawkmoon269.blog.so-net.ne.jp/2015-12-23 )
( 4) 「われわれは・・・かれらを平等にはあつかえない」
(http://hawkmoon269.blog.so-net.ne.jp/2015-12-23-1 )
( 5) 平等について――昔と今
1963年 ― 「自由の鐘をならせ」
(http://hawkmoon269.blog.so-net.ne.jp/2015-12-23-2 )
1965年 ― 「自由だけでは充分ではない」
(http://hawkmoon269.blog.so-net.ne.jp/2015-12-23-3 )
( 6) 「不平等こそ自然である」
( )
( 7) ドードー
( 8) 試験の点数を平等に
( 9) 試験成績における世界のギャップ
(10) 異端者の火刑
(11) 政治的兵器としての平等
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◆ 超大国の自殺 ( 6) 「不平等こそ自然である」
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