SHINEDOWN ~ How Did You Love (2015)
SHINEDOWN 『THREAT TO SURVIVAL』 (2015.09.18)
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パトリック・J・ブキャナン著/河内隆弥訳
超大国の自殺
―アメリカは2025年まで生き延びるか?―
2012年11月5日発行 幻冬舎
第6章 平等か、自由か?
(5) 平等について――昔と今 (下)
1965年 ― 「自由だけでは充分ではない」
1964年、市民権法の上院における討論で、ヒューバート・ハンフリーは、現今の法体系下、「企業が従業員に何らかの人種のバランスをとったり、特定の個人ないしグループに何か特別の優遇措置を講じるようなことはさせない」、と国民に請け合った。
1965年にいたるまで、人種擁護運動は、隔離の問題から、社会的、経済的な平等の問題に移行することはなかった。
大きく跳躍したのは、1965年のハワード大学の卒業式講演からだった。
ここで、キングの口にした自由は、「事実としての平等、結果としての平等」 にとって代わられたのである。
リンドン・ジョンソン大統領のその講演は、自由を、「変革」 の第一段階におく、という言葉で始められた。
「自由とは、アメリカの社会における共有、すべてのこと ― 選挙に参加する、職を得る、公共の仕事に就く、
学校に入学する ― を共有する権利のことをいう。
それは、国民生活のあらゆる局面で、ほかのすべての人と等しなみに、人は誰しも個人の尊厳と将来性が
尊重された処遇を得ることが出来るという権利である」。
「最初にくるべきものは自由である」、とジョンソンは語りつつ言う。
「自由だけでは充分ではない・・・機会の門を開けるのにには不充分である。わが国市民はすべて、その門を
くぐり抜ける資格を持っていなければならない」。
市民の権利の戦いにおいて、問題は次の、もっとも底の深い段階に達した。
われわれは単なる自由のみならず、機会の問題を探る・・・権利とか理屈としての平等ではなく、事実として、
また結果としての平等を探っているのである・・・
機会の平等は重要である。
しかしそれだけでは足りない。
足りない。
あらゆる人種の男女は、同程度の能力を手にして生まれている。
しかし能力は、単に生まれたことの産物ではない。
能力は育てられる家族、隣人 ― 通う学校、周囲が貧民街か、富裕地域か、によって延ばされたり、阻まれたり
する。
能力とは、幼児、子ども、そして成人に対して働きかける、限りない、見えない力によって生み出されるものなのである。
法学教授のウィリアム・カークは、ジョンソンの国家目標の移行 ― 人種差別の廃止から、人種に基づく、結果における完全な平等への移行を評して記す。
「人々はそんなことを絶対に許さなかった。
どんな世論調査でも 80% は反対している。
憲法は何もそのことについて書いていない。
議会を通過した法例にもそれらしいものは何もない」。
ジョンソンは、アメリカの作家、ジェームズ・フェニモア・クーパーが、文明社会では不可能と断じた平等の概念を、国民に約束したのである。
社会通念でみた平等の概念は、状態としての平等と、権利としての平等の 2つに分けられる。
状態としての平等は、文明と矛盾する。
未開社会からほんの少し進んだ社会でかろうじて見られる程度である。
実際、それは共通貧民社会を意味するだけである。
ジョンソンのいう結果としての平等は、まもなく、アングロサクソン系とヒスパニックの男女に対しても拡大してゆくこととなった。
カリフォルニア大学評議員対バッケ事件 (1978年) で、最高裁は、アメリカで白人に対する人種差別を平等の方向へ進めてゆくことは、憲法上、道徳上、正しいことである、と宣言した。
判事のハリー・ブラックマンはこう言った。
「人種差別を克服する前に、まず人種のことを考慮しなければならない。
ほかに方法はない。
あるものたちを公平に扱うためには、かれら違うものとして扱わなければならない。
われわれは平等保護条項を人種優位の原則として固定化することは出来ないし ― あえてそうしようとも思わ
ない」。
ブラックマンの言わんとするところは、われらが社会の、自由にして公正な競争が、あるグループが歴史によって貶しめられていたことで、繰り返し不平等な結果と報酬を生みだしているとすれば、国家は平等な果実を保障するように対策を講ずるべきである、というものである。
しかし、この平等の概念は、書面化されまた意図された、憲法上、および修正第 14条上の根拠を持っていない。
議会と国家が承認した 1960年代の市民法体系にも見出せないのである。
この平等の思想は、建国の父たちとリンドン・ジョンソン ― もしジョンソンが自分の言っていることを本当に信じていればの話だが ― 以前の大統領たちが信じるもののアンチ・テーゼとしての平等主義者たちのイデオロギーに根ざしている。
社会を変えたいとするものたちは、言葉の意味を変えることから始めた。
ハワード大学で、LBJ (ジョンソン大統領) は、平等の意味を、到達可能 ― アフリカ系アメリカ人の隔離の終焉と法的な平等の権利の取得 ― なものから、不可能なもの ― 社会主義的ユートピアの実現 ― に変えてしまった。
「あらゆる人種の男女は同程度の能力を手にして生まれている」 というドグマは、社会主義の外側のどこにあるというのだろうか。
これまで平等に生まれ出でた男ないし女は二人といない、という法がずっと真実である。
才能というものは、同じ民族のなかばかりでなく、家族のなかですら不平等に配分されている。
同程度ではない成果に対して同等の報酬を与えることは、憲法の目的 ― 「公正の樹立」 ― に反する。
それは不正を以って公正に代えることとなる。
自由市場、自由な組合、自由な競争が平等な配分に失敗したとき、平等を達成する唯一の方法は国家権力を以って強制的に、所得、影響力、報酬、富を、人々に分け与えることである。
これを社会主義という。
ハワード大学で、LBJ は自分の考える革命からして、アメリカの独立革命におけるコミットメントを、不充分であると言い切った。
アメリカにおける貧困と所得の不均衡に注目し、かれは宣言する。
こういった差異は、人種の相違 〔による結果〕 ではない。
それはひとえに、また単に古い時代の横暴、過去の不正、現代の偏見の結果である・・・。
黒人にとって、自分たちは常に偏見を喚 (よ) び起こすものである。
白人にとって、自分たちは常に罪悪感を喚 (よ) び起こすものである。
黒人と白人の違いはただ肌の色だけである、と認識するときが来ているとすれば、みなそのことに目を向け、
そのように身を処し、そしてそれを克服しなければならない。
人種の不平等は 「ひとえに、単に」、人種差別主義に根差すとリンドン・ジョンソンは本当に思っているのだろうか?
またアメリカの白人の偏見が 「克服」 されれば、「事実としての平等、結果としての平等」 が魔法のように現われるとでも言うのだろうか?
そして 「白人と黒人の唯一の差異」 が、「肌色の違い」だけになるのだろうか?
そう断言できる経験的な根拠がどこにあるのか?
どこにもない。
それは純粋に平等主義のイデオロギーである。
マレー・ロスパード (訳注: アメリカの経済学者。1926 ― 1995) が書いたように、「平和主義者は、すべての人間、そしてすべての人間のグループは・・・平等であるというア・プリオリな原理から出発しているので、社会的ステータス、信望、権威などにおける階層のいかなる相違も、すべて不公正な 『抑圧』 と非合理な 『差別』 の結果であるという結論を導き出す」。
LBJ のア・プリオリな原理の証明は存在していない。
まさに LBJ のスピーチそのものが自己矛盾をきたしている。
かれは、1930年に黒人と白人の失業は同じだったが、いま刻印の失業は白人の 2倍になった、と言う。
また、黒人のティーンエージャーの失業は、1948年には白人より少なかったが、その後 23% と 3倍になった、と言う。
ジョンソンは、1950年代に所得格差が拡がった、と言う。
要は、人種隔離が下火になりつつある数十年、黒人は一層冷遇されてきた、と。
いかし黒人に対する白人の態度を改善させることが、どうすれば黒人の状況悪化の原因となり得るのだろうか?
アリストテレス曰く、「民主主義は・・・いずれの部分においても平等であれば、すべての点において平等である、という考え方から生まれ出る」。
建国の父たちとリンカーンは、この平等の 「考え方」 を真意手はいなかった。
しかし LBJ はこの考え方に染まった。
そしてそのあと、われわれはこの誤った考え方を基礎におく平等社会を築こうとした。
その試みは失敗するあろう。
それが出来上がるとすれば、その前に国が死んでしまうことだろう。
◆ 意外なところから 「フランクフルト学派」 を理解する (^^;
(http://hawkmoon269.blog.so-net.ne.jp/2015-12-16 )
☆ 片岡義男著 『音楽風景』 より
☆ ワッツの暴動
☆ ブラックパンサー党
◆ 超大国の自殺
★ 国家とは何ぞや?
(http://hawkmoon269.blog.so-net.ne.jp/2015-12-20 )
★ 超大国の自殺 ☆ 概要 (上)
(http://hawkmoon269.blog.so-net.ne.jp/2015-12-20-1 )
★ 超大国の自殺 ☆ 概要 (下)
(http://hawkmoon269.blog.so-net.ne.jp/2015-12-21 )
◆ ここでもう一度、フランクフルト学派 (トロイの木馬革命)
(http://hawkmoon269.blog.so-net.ne.jp/2015-12-21-1 )
第6章 平等か、自由か?
( 1) 建国の父たちの信じていたもの
(http://hawkmoon269.blog.so-net.ne.jp/2015-12-21-2 )
( 2) アメリカは平等に関心を持っていたか?
( 3) マディソン氏の沈黙
(http://hawkmoon269.blog.so-net.ne.jp/2015-12-23 )
( 4) 「われわれは・・・かれらを平等にはあつかえない」
(http://hawkmoon269.blog.so-net.ne.jp/2015-12-23-1 )
( 5) 平等について――昔と今
1963年 ― 「自由の鐘をならせ」
(http://hawkmoon269.blog.so-net.ne.jp/2015-12-23-2 )
1965年 ― 「自由だけでは充分ではない」
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( 6) 「不平等こそ自然である」
( 7) ドードー
( 8) 試験の点数を平等に
( 9) 試験成績における世界のギャップ
(10) 異端者の火刑
(11) 政治的兵器としての平等
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◆ 超大国の自殺 (5) 平等について ― 昔と今 (下)
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