BIFFY CLYRO
Opposite (2013)
(6) 古田博司著 『新しい神の国』
目次
(http://hawkmoon269.blog.so-net.ne.jp/2013-02-28 )
第4章 日本文明圏の再考
1.中世朝鮮の墓暴き乱闘事件
2.宗族という異質な社会
3.靖国の誤解をただす
4.日本文明の写実性
5.現実性と写実性の狭間で
6.古代や中世に固着する東アジア
5.現実性と写実性の狭間で
かつて明治時代に日本を訪れたイギリスの小説家キップリングは日本を漫遊し、日本は芸術の国だと
深く感じ入ったという。
石工の石細工、大工の木彫り、そのきめ細かさ、綺麗さに感動しつつ、だが待てよと彼は思った。
近代化、つまり英米流の資本主義化は、憲法を持ち、選挙で投票し、政治談議をし、新聞を発行し、
工場を建設したりといった、芸術性と真っ向から対立する文明である。
まさに現実そのものの文明である。
日本人のような芸術民族に果たして資本主義ができるのかと疑念を持ったらいい。
これは御厨貴の本 (『明治国家の完成』 中央公論社、2001年) の中にあった話である。
英米流の文明は、筆者は専門家ではないので素人考えにすぎないが、すでに中世のキリスト教神学
の本などを見ても、仏・独などとはよほど違って見える。
ベックとカンタベリの司教アンセルムスなど、神が存在しないことは偽であるという神の存在証明をする
のであり、本当に神を信じていたのかどうか、神様機関説なのではないかと訝(いぶか)るのである。
ソビエト連邦が崩壊すると、たちまち共産党(CPGB)を解体してしまったのもイギリス人であった。
そのような現実感覚を受け継ぎ、アベイラブルなものにしか関心を示さないほど現実の文明を先鋭化
させていったのがアメリカ人なのではないか。
とにかく日本の地政学的位置を見て、
歴史上、東アジアではここだけが
封建制(独立採算の地方政権が並立するフューダリズム)をもち、
それが早々と開港し近代化したことだけをもって、
ろくろく知らない日本を
中華文明圏(儒教文明圏)から切り離し
日本文明圏として定立させた、
アメリカの地政学者たちの直観に乾杯の盃を挙げたくなるのは、果たして筆者だけであろうか。
このようによくよく考えてみれば、英米流の現実性と日本流の写実性は、英語だと両方 「リアル」 に
なってしまうが、よほど違うもののようである。
日本人は写実性が得意だったので、それこそ西洋建築の階段の高さまで測り、それをそのまま自国
に写すという 「模倣の妙」 を発揮することができた。
資本主義や民主主義に必要な諸制度も丹念に写し取って明治期に始まったのである。
ところが、中華文明圏の人々は日本人は物真似の民だと侮蔑こそすれ、これさえも実践できない。
中国がいくら経済発展しようと、現在でも、複式簿記もなければ全国的に使える手形の創造も行われ
ていない。
問屋もなければ卸売りもなく、商業圏はばらばらに乱立し荷物を送ってもちゃんと届くかどうか分から
ない。
いまだに土地は都市では国の所有であり、村では集団所有である。
土地の売り買いすらまともにできない。
よく間違える向きがあるのだが、中国共産党第10期全国人民代表第5回会議 (2007年3月16日)
で採択された物権法 (同年10月1日施行)は、住宅用地使用権や農地の請負経営権に対する物権
であるから、土地所有権ではない。
田中満智子がわが国奈良時代の 「三世一身法」(さんぜいいつしんのほう) みたいだと言っていたが
然りである。(『産経新聞』 2007年3月11日付、誌面批評 「奈良時代彷彿させた中国の物権法」)
このような似非資本主義の現実を、日本のマスメディアがもっと正確に描写して国民に伝えることがない
のはなぜであろうか。
「東アジア共同体」 のような幻想の写実だけが、まるで戦時中の 「大東亜共栄圏」 のようにどんどんと
緻密になり、中韓との連帯があたかも大本営発表のように叫ばれる。(←ハトのお陰で日本国民は理解
したので、その意味では、ハトの存在は有意義でしたw)
筆者はこの2年ほど諸処で言い続けてきたのだが、中国は北朝鮮と 「独裁・反自由・非人権」 の価値観
を共有しているのであり、日本の味方なぞには当初よりなりはしない。
反日を煽り、日本の常任理事国入りに反対し、北朝鮮制裁の安保理決議に反対し、六カ国協議で北の
説得などそもそもできぬ姿を露呈した国に、日本がこれ以上期待するものがあるとすれば、「政冷径熱」という現実を直視し、互いに敬して遠ざかることではないのか。
韓国は韓国で、「政治」 というものが一向に自立しない。
この国でなんとか10年ちょっと続いた政党といえば新民党ひとつだけであり、職業政治家というものが
育つ土壌がない。
一時代を権力者の宗族が食い荒らし、政権が変わると汚職と不正蓄財の調査が始まり、饕餮(とう
てつ=シナ古代の貪欲なる獣) らは縛に就く。
しかし、恩赦で直ぐに出てくる。
これは李朝時代からの伝統で、昔は 「濫赦」(らんしゃ) と呼ばれていた。
その間、別の宗族がまた富を蕩尽する。
この繰り返しである。(←確かにやってますねぇ!!)
そして、このような伝統の否定者として過激派が現れたのだが、この 「遅れてきた社会主義者たち」 は
北朝鮮を欽慕し、アメリカや国連がやめろという北支援に嬉々として従い、自由と人権と法の価値観を
共有するはずの日米を裏切り続けたのであった。
6.古代や中世に固着する東アジア
に続く。
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(1757) 第4章 (5)現実性と写実性の狭間で
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