GEPE
What We Have Is Suffering (2012)
古田博司著
新しい神の国
2007.10.10発行
第1章 多神教的世界観の勧め
1.ホッブズ・ワールドのロック・ソサエティー
2.極限の身体
3.無限増殖する偶像なき身体
4.悲しみの島ハワイ
5.偏在する神々の魂
6.日本の神々の二つの系譜
第1章 多神教的世界観の勧め
1.ホッブズ・ワールドのロック・ソサエティー
2003年の9月から10カ月ほど、文部科学省の在外研究の機会を得て、米国はハワイ大学朝鮮研究所に滞在していた。
在外研究などというと聞こえはよいが、実はひたすら無卿に苦しんでいるだけであった。
別段おごって言うわけではなく、日本でもポスト近代に入り、欧米から学問の基礎を学ぶ時代が終わってしまったため、もはや大してすることがなかったのである。
資料さえあれば研究はできるのだから、韓国へ行けばよかったと思っても、後の祭りであった。
もちろん自然科学の先端分野などでは、今日でも日本はアメリカに何年も遅れているのだろう。
だが、ここは狩人のような人々の国で、業績や特許の得やすい先端は常に躍進しているが、もうやって
しまったことは古い狩場のごとくに打ち捨てられている。
わかりやすい例を挙げれば、この国の市販の電球のフィラメントはエジソン時代のようにひょろひょろと
していてすぐ切れるし、コピー機は印字紙に黒く縦縞が入ったりする。
鈍重な米国製掃除機は、在留の日本人にまで敬遠されており、人々は帰国の折りに、軽くてアベイラブルな日本製のものを持って帰る。
人文社会科学だって似たようなものである。
一流大学では先進(そんなものがあればの話だが)にしのぎを削っているのかもしれないが、ハワイ大学あたりの留学生たちは、インターネットで取り寄せた懇切丁寧な日本の解説書を読んでから、英語でこちらの筆記試験に臨むありさまである。
ある学生は、うちの大学の教授だった新藤栄一の『現代国際関係学』(有斐閣、2002年)を読んで勉強していたし、べつの学生は自分の実力が日本でどのくらいの大学にあたるか心配していた。
もうアメリカから丸ごと習うものは何もない時代になってしまったのである。
筆者の在外研究先は朝鮮研究所だったが、そこはすでに研究者とは言いがたいレフト・リベラルたちに
よって占領され、施設はただのカルチャーセンターと化していた。
講演会やや映画界、キムチ・クッキング・スクール等ばかりしているものだから、入口のフロアはいつも
市民相手のクッキーやドリンクが一杯で、ちょっとしたカフェといった有様。
仕方がないので図書館で勉強しようと思っても、筑波大学の何分の一かの本しかない。
研究所の部屋は学生のための教室となっていた。
当代、北朝鮮研究の碩学、徐大粛(じょたいしゅく)教授を生みだしたことで、この研究所はその役目を
終えたものであろうか。
アメリカ製電球のフィラメントのように、かつての業績がかそけく明滅するばかりであった。
老齢で大学を去られることになった徐教授を、年末にカリフォルニアに見送ってからは話し相手もいなく
なり、いよいよやることがなくなってしまった。
ハワイ移民であった梶山李之(かじやまとしゆき)の母が、子の蒐集(しゅうしゅう)資料を大量に委託してなった梶山・朝鮮コレクションと、朝鮮総督府調査ノート四百冊をハワイ大学図書館に渉猟(しょうりょう)
する以外は、あまり出歩かず、家でひたすら日本の古典を精読していた。
夏目漱石がロンドンで神経衰弱にかかり、下宿屋に蟄居(ちっきょ)したような謙虚さは、われわれの時代ではすでに叶うべくもない。
そとは陽光が路面を白く磨き上げ、窓辺ではキリンの首のように長い椰子(やし)の幹がそよ風に揺れている。
ここは若い恋人たちにとっては夢の島だが、その島が初老の研究者にとっても麗しいものであるとは限らない。
強い日差しによる皮膚炎に悩まされ、軒下の日陰を縫うように伝い歩き研究所に着くと、韓国語を話す
アメリカ人所長が私の腕を見て、「ムンドゥンイ・カットゥシネ」(ハンセン氏病みたいね)と、朝鮮のいやな冗談を言って笑った。
朝鮮語には差別的な語彙が多いのだが、それ以上にどうやら私は、同研究所のレフト・リベラルたちから嫌われているらしい。
結局、渡航前に同僚たちから、米国なんぞ君のような東洋人っぽい人と相性が良いはずがないではないかといわれていたが、事実その通りだった。
着いたその日から、帰るあの日まで、一貫してなじめなかったものがある。
それは、多様な世界というケーキを一本のナイフで切り裂いていくような、一神教を信じる人々のある種の強引さであった。
まず驚いたのは、眼前に広がる不信者たちの世界。
放っておけば人間は狼になるものだという、ホッブズのいうあの世界である。
アパートのテラスに出て下方を漫然と見ていると、向かいのアパートの下の階の白人が飛び出してくる。
腰に手を当てて黙ってこちらを睨(にら)む。
明らかにプライバシーの侵害と受け取り、威嚇(いかく)しているのである。
視線を外すと中に入る。
このようなことが度々あった。
街を歩けば、諸処にもうけられた駐輪のための鉄棒に、自転車ががんじがらめにされている。
きけば、自転車屋で盗難防止用のチェーンの付け方の講義をしつこいほど受け、チェーンを何重にもかける。
それでも持って行かれる。
自動車は中に荷物を置いて立ち去ってはならない。
ガラス窓をたたき割られて、必ずやられる。
強盗も多いが、町中警官だらけの世界でもあった。
大学に行けば、ほんの細かいこともレジストレーション(登録)がないと始まらない。
担当者は書類がないと梃子でも動かない。
書類の煩瑣(はんさ)なのは日本の国立大学と似ているが、担当者の頑固さ、融通のきかなさ、意地の悪さは天下一品であり、社会契約説の神さまのように不遜に振る舞う。
イミグレーション(出入国管理)関係は、9・11以来、最悪であった。
滞在者は誰も彼もが準テロリスト扱いで、職員はまるで自然法の神さま気取り。
彼らの催す「アット・ホーム」な会合に出席しないと、「電話番号忘れちゃったので、また教えて下さい」という、わざとらしい滞在確認の監視・威嚇メールがその都度入る。
要するに、ホッブズ・ワールドのロック・ソサエティーである。
悪人ばらや人狼が、あんまりにもひどいので、みんなで少しずつ自然の権利を放棄し合って政府と契約
し、神さまの息吹のかかった法を守って、できるだけ多くの人が幸せに暮らしましょうね、ということで、
最後はベンサムの登場になって循環するような、西洋政治思想そのままの社会が眼前に傲岸と広が
っていたのである。
このように厳しい社会で白人に伍して成功を収めることは並大抵のことではないのだが、邦人の中には勿論そのような人々がいて、何というか、赤提灯での一服がなくても資本主義一筋で闘うみたいなすごい人たちばかりであった。
筆者はといえば、これは堪らぬと早々に渥美清や藤田まことの映像世界に逃避し、大空襲をやり過ごすように帰国の日を、首を長くして待っていたとうのが正直なところだった。
なにしろ明治以来の旧制度による在外研究であるから、学んでくるまで帰国まかりならぬという恐ろしい但し書きが付いていて、帰還満了まで日本の土を踏むことがまったく出来なかったからである。
トマス・ホッブズ (Wikipedia )☚クリック
『リヴァイアサン』 (Wikipedia )☚クリック
ジョン・ロック (Wikipedia )☚クリック
ジェレミ・ベンサム (Wikipedia )☚クリック
<2.極限の身体>に続く
GEPE
What We Have Is Suffering (2012)
※この曲は、アルバムの1曲目です。
greybuffalo | 2012.10.14
Gepe is a popular young singer from Ngaba in Amdo.
GepeはAmdo(ダライ・ラマの生誕地)のNgaba出身の若手人気歌手です。
He sings in the style of Tibetan music known as "Dunglen",
which is performed with the musical accompaniment
of a traditional Tibetan lute or western-style mandolin.
彼は、「Dunglen」(ダニェン)という
チベットの民族楽器(リュート型弦楽器)を奏でながら歌います。
Earlier this year, Gepe released an album of 12 songs,
all of which contain very powerful political messages
and soon after this album has been published
he "disappeared without a trace".
2012年の初めに、Gepeは、
それらのすべてが非常に強力な政治的メッセージを含んでいる、
12曲の歌のアルバムをリリースした後、忽然と姿を消しました。
(※自ら身を隠したのか、あるいは中国当局に連行されたのか
この動画をアップされた人にも消息は分かっていないようです。)
The songs indicates the wish of victory for HH the Dalai Lama,
the pain of the separation of Tibetans
for many years and the strong desire for Tibetan unity
as well as the sadness of the tragic events in Tibet's recent history.
このアルバムではダライ・ラマのチベット帰還を願い、
今も続くチベットの悲劇を悲しみ、
そしてチベット独立を願う、長年のチベット人の強い望みが歌われています。
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(1740) 第1章 多神教的世界観の勧め (1) ホッブズ・ワールドのロック・ソサエティー
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