ソウル・黒田勝弘
朝鮮半島は新・三国時代へ
http://sankei.jp.msn.com/world/news/120414/kor12041407470005-n1.htm
韓国で自由と民主主義を満喫(?)している知識人や政治家などで、北朝鮮を擁護したり、たたえたりする者が結構いる。
みんな平等という社会主義理想国家を目指しているからとか、米国相手によくがんばっているという民族主義的心情からとか、だいたいイデオロギー的な観点が多い。
同じ民族としての「同情」もある。
最近の総選挙でも、野党陣営(ウリ党)には親・北朝鮮的な人物がかなりいた。そんな“親北風景”に保守派(ハンナラ党)はイラ立つ。
韓国のタクシー運転手はベテラン政治評論家だ。選挙となると口数が増える。タクシー運転手は野党支持が多いが、先日、珍しく保守派の与党系に出くわし、ひとしきり“親・北朝鮮派”批判を聞かされた。
彼は
「そんなに北がよければ北に住めばいい」
「北に送るべきだ」
という。
ここまではよく耳にするが、後が面白い。
「いや、政府がカネを付けて送り出せばいい。現金付きだから北も喜んで受け入れるだろうから…」
と。
ところで今回の総選挙で、北朝鮮関係の国会議員が誕生し話題になっている。
与党セヌリ党(旧ハンナラ党。2012年2月13日からセヌリ党と改名)では、1990年代の脱北者で金日成総合大教授出身として話題になった趙明哲氏(58)、
野党・民主統合党では女性の林秀卿氏(43)だ。
林秀卿氏は学生活動家時代の1989年、北朝鮮に“密出国”し、金日成と抱き合い、内外で“統一の花”などと大々的にもてはやされた。その後も転向せず親北運動を続けてきた。
趙明哲氏は韓国政府の統一省傘下の統一教育院長をしており今後、政治舞台で、林秀卿氏と親北・反北に分かれ、対決ということになる。
朝鮮半島は1945年、日本の統治終了後、米ソによる南北分割で、南の韓国には李承晩政権ができた。李承晩は北の黄海道(平壌周辺。下の「武帝がおいた四群」の中の「楽浪郡」)出身で、親米・反共主義者として知られた。
朝鮮戦争では北からの多くの避難民が韓国に逃れてきた。
こんな経緯もあって李承晩政権下では北出身者が羽振りを利かした。
韓国政治が南出身者中心になるのは1960年代の慶尚道(東南部の釜山に近い方で、下の「5世紀末の朝鮮半島」の「新羅」)出身の朴正煕政権からだ。
ところがこの朴正煕政権に対し、金大中氏に象徴される全羅道出身者が反政府派の中心となり、韓国政治に東西対立がはじまった。
今回の総選挙でも、地域的に
東(慶尚道)は与党、
西(全羅道)は野党と
支持分布がくっきり分かれている。
もし今、南北同時の選挙をすれば北朝鮮が勝つという冗談話(?)が韓国にある。韓国を二分する、西を基盤にした野党陣営は親北・左派勢力が押さえているからだ。
だから、「今後、南北統一は東が主導すれば韓国式だが、西が主導すれば北朝鮮式になる」というのが、保守派の笑えぬ心配だ。
もう一つ、もし南北が統一したあかつきには、「統一韓国の政治は、東西に北出身者を加えた“三つどもえ”になる」という話もある。歴史的にいえば、古代史の新羅(東)、百済(西)、高句麗(北)による三国時代の再現である。
総選挙後の韓国政治への「北の影」は、大いに気になるところだ。
このブログの所々で、第二次大戦の後、国連軍(アメリカ・イギリス・フランス・蒋介石の中国・ソ連)は、朝鮮半島を単純に〔38度線〕で分割したようにみえるけれども、実は太古の昔から、あの辺りで〔民族が違う〕のです、なんてことを書いています。
(531) 私んち、日本\(^o^)/ Part-2 世界地図から歴史を読む
http://hawkmoon269.blog.so-net.ne.jp/2010-08-04
〔韓民族〕ともよばれる朝鮮半島の住民は、きわめて複雑ないきさつで形づくられた。
かれらは、いまはハングルで表記される独自の言語をもち、トウガラシや多様な香辛料を用いた韓国料理に代表される、きわめて強い個性をもつ文化を共有する。
中国文化と深くかかわるが、多くの独創性を含む文化が朝鮮文化である。
これを生み出した人々は、〔3系統のアジア人の混血〕によってつくられた。
第一に、古くからの朝鮮半島の住民で、中国人に〔韓族〕とよばれた人々である。
それに〔北方からの騎馬民族系移住者〕と〔西方からの漢族の移住者〕とが混じり合って、〔朝鮮民族〕ができたのである。
(ケータイ写真でイマイチですが)
地図で見ると一目瞭然で、朝鮮半島の上の方、特に東側では〔北方騎馬民族〕のDNAが強く、後の大半は〔漢民族〕のDNAが強く、半島の南東の端っこだけが、純粋な韓民族のDNAが強いことが分かります。
朝鮮戦争で、北部がソ連や中国にくっつき、南部がアメリカにくっついた心理も分かりますね。
日本でも歴史の上では、平氏の土地になったり源氏になったり豊臣なったり徳川になったりしていますが、どれも似たり寄ったりの日本民族でしたから、世界の紛争のほとんどは民族そのものが違う、ということが、日本人には感覚的に理解しずらいです。
それで、北朝鮮はともかく、韓国を1つのものとして批判する人たちが多いですが、今尚、漢民族のDNAを多く持つ人たちは、どうしても中国寄りの思考を持ちやすいし、韓族のDNAを多く持つ人たちとは対立しやすいと思うのです。
同じ日本民族でさえ、今の政権の主流はソ連(現ロシア)や中国の思考に偏っていたりしますから、韓国では尚更、北朝鮮と1つになろうとする人たち、つまり中国やロシアと1つになりたい人たちが、強い力を持ち続けていることを忘れてはなりません。
韓国の2大政党、ハンナラ改めセヌリ党と、ウリ党は、日本の自民党と民主党なんて比べ物にならないくらい、いわば民族的な根源のようなものが、違うのです。
動物の帰巣本能のようなものでしょうか、人間も、たとえば地方から東京に出て来て、すっかり東京人になってはいても、歳老いて死ぬ間際あたりに、故郷に帰りたいとか、一度、故郷を見てから死にたいなどと言った、という話をよく聞きます。
私は帰りたいと思ったことなど無いのに、運命のいたずらなのか実家の跡取りになってしまいましたが(笑)、そんな近い過去ではなく、なんとなく好きだった食べ物だとか、焼き物だとか、地名だとか、風景だとか、方言だとかに気をつけてみると、なんと、はるか千年以上も前の、先祖の発祥の地のものばかりで驚いたことがありました。自分の中に眠っているDNA。摩訶不思議です。
その土地だけは、死ぬまでに一度、訪れてみたいと思っています。別に今すぐ行けばいいのですが、なにしろ旅行だとかに全く関心がないし、引き籠りを何よりも楽しんでいるもので(^^;
しかしこれが、中々行けないような外国だとか、国交を断絶している国だとかだったら、その故郷に帰りたい深層は、どんな形で現れるでしょうね。
2012年04月14日
『南北を強者にはさまれた朝鮮半島の悲劇』より抜粋