【ベテラン特派員 米朝語る】
金正恩氏を変えた「恐怖」
古森義久特派員
「東アジア情勢激変、高笑う中国」
黒田勝弘特派員
「体制保証のツケ、どう取り戻す」
2018.06.14
(www.sankei.com/world/news/180614/wor1806140004-n1.html )
トランプ米大統領と北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の史上初の首脳会談について、米朝関係を長年にわたり取材し続けてきた本紙の
・古森義久・ワシントン駐在客員特派員と、
・黒田勝弘・ソウル駐在客員論説委員は、
金正恩氏が米国との初の首脳会談の開催にこだわった理由について「恐怖」をともに挙げた。
古森特派員は
「北朝鮮がほほ笑み外交に転じた年初以前は、ワシントンでは『軍事攻撃』という言葉が北問題で頻繁に出ていた。
北が今までのやり方を変えざるを得ないところにまで追い込まれた」
と分析。
黒田特派員も
「何をやり出すか分からない予測不可能なトランプ氏が、核・ミサイル問題を口実に軍事的攻撃をしてくるかもしれないという恐れ」
を理由にあげた。
首脳会談で最大の焦点だった北朝鮮の非核化について
古森特派員は、
両首脳が署名した共同声明で「非核化をすれば北朝鮮の安全を保証するという考えがにじみ出ており、トランプ氏が北側に折れなかったことの証左だ」
と分析。
一方、黒田特派員は
「北朝鮮は米朝交渉を一種の戦争と考えているはずだから、米国をはじめとした国際社会は『戦争も辞さず』という覚悟がないかぎりこの交渉には勝てない」
と厳しい見方を示した。
北朝鮮の今後の動きについては
「金独裁体制が不安定になり、危機に陥る可能性がある」(古森特派員)、
「経済建設のための利益追求に向かう」(黒田特派員)
との見通しを述べた。
◇
古森義久・ワシントン駐在客員特派員と、
黒田勝弘・ソウル駐在客員論説委員の
発言詳細は以下の通り。(本文敬称略)
--史上初めて米朝の首脳が向かい合った
古 森
「最初に金(キム)正恩(ジョンウン)とトランプが両国の国旗の前で長い間、握手していたシーンが印象に残った。
超大国で民主主義国家のリーダーが、独裁国家の危険な人物と対等に見える形で握手し、親しみの態度を表し合い会談したことに『おかしい』という声も米国にある。
非現実的なシーンが現実になったとの感慨だ」
黒 田
「2人とも破格的な指導者なのでサプライズ(驚くべき成果)を期待したが完全に裏切られた感じで、『まったくサプライズがなかったのがサプライズ』という皮肉な結果だ。
最大の関心は、北朝鮮に非核化の具体的道筋と確実な核放棄を約束させることだったが、先の板門店での文在寅・金正恩会談と同じく抽象論だけで、今回も具体論は先送りとなってしまった。
米朝和解ショーに終わったといえる」
--北朝鮮の非核化は実現できるのか
古 森
「北の核開発をめぐる最初の米朝合意となった 1994年の『米朝枠組み合意』のころからワシントンを中心に取材を続けてきたが、3代にわたる『金独裁体制』をとる北が核を放棄することは絶対にないと考えてきた。
核は金独裁体制を支える基盤だからだ。
しかし、今年 5月 25日以降『もしかしたら非核化が実現するんじゃないか』と思うようになった。
前日 24日にトランプが突如『会談中止』を通告したが、北朝鮮側はすぐさま『いつでも会う用意がある』などと言い出した。
この様子を見て北の必死さが分かった。
それほど金正恩が追い詰められているということだ。
ワシントンの専門家の間では、金正恩が会談を求めてきた理由について『恐怖』のひと言で受け止められている。
このままでは経済制裁の重圧が増し、米側が軍事オプションの比重を増すと考えたのだろう。
北がほほ笑み外交に転じた年初以前は、ワシントンでは『軍事攻撃』という言葉が北朝鮮問題で頻繁に出ていた。
北が今までのやり方を変えざるを得ないところにまで追い込まれたと感じた」
北を追い詰めた恐怖が対話に
黒 田
「年明けから金正恩が対話路線に転じ、対外関係改善に乗り出した背景は2点ある。
何をやりだすか分からない予測不可能なトランプが、核・ミサイル問題を口実に軍事的攻撃をしてくるかもしれないという恐れと、制裁強化による経済難だ。
4月の中央委員会総会では、核開発は完成したから今後は経済建設が目標と決めた。
しかしどちらかというと前者の意味が大きい。
前者はすぐ体制崩壊につながるが、後者は慢性的な問題。
北がこだわる体制保証というのは、とにかく戦争をしかけないでくれという意味だ。
したがって体制保証と核放棄とが取引になっているのだが、共同声明では体制保証の約束の方が強く出ていて核放棄の約束はない。
トランプからすると今後は、核放棄の具体化という金正恩への貸しというかツケを取り戻す番になるが、北相手では制裁や軍事的脅威など脅しと圧力抜きにはツケもなかなか取れない。
幸い制裁は続けるとは言っているが」
古 森
「共同声明をみると『トランプ大統領は北朝鮮に安全の保証を与えると約束し、金正恩委員長は朝鮮半島の非核化を完結するための固く揺るぎない約束を再確認』と一つの文章で書かれている。
非核化をすれば安全を保証するという考えがにじみ出ており、トランプが北側に折れなかったことの証左だ」
黒 田
「北に核放棄をさせるという意味での非核化実現はきわめて困難だ。
北にとっては完全武装解除になるからだ。
その意味で北は米朝交渉を一種の戦争と考えているはずだから、米国をはじめとした国際社会は『戦争も辞さず』という覚悟がないかぎりこの交渉には勝てない。
現在は軍事オプションがなくなり、対話と交渉の局面。
政権が代わればどうなるか分からない米国頼みの『体制保証』など北も心底では信じてはいないので、核放棄の展望は難しい」
--首脳会談を行ったことが北を利するのか
黒 田
「トランプは事前段階での北の態度に不満でいったん中止を発表した。
今考えるとあれが正解だった。
北は長年、米朝直接交渉に焦がれてきたのだから、あそこでもっと冷たくして北をさらにじらせればよかったが、二人三脚の文在寅・金正恩の “もみ手” に負けてしまった。
トランプ自身、記者会見で『非核化の具体策を得られなかったのは時間がなかったから』と弁明しているが、会談開催を焦らず時間をかけ金正恩を追い詰めればよかった。
基本的に米朝会談の動機は北にあったのに、トランプはそれを無視し、秋の中間選挙など国内向けに自分の点数にしようと逆に会談開催を焦った感じがする。
本人がよく知っているように交渉や取引は焦った方が負けだ。
今回の米朝ディールは、会談中止に焦ったふりをしてトランプを喜ばせた金正恩の勝ちだ」
古 森
「現時点で見ると両方がそれなりの『実』をとった。
会談までの経緯をみれば、北側が最重要の核政策を変えるといって会談を求めてきたわけで、これは米側の勝利といえるだろう。
今後は北が『すぐやる』とした非核化をどう行動で示すかが最大の鍵だ。
それが進まなければ追加制裁も可能で、軍事攻撃以外にもまだまだできることはあり、北は弱い立場だ。
トランプについて『中間選挙のため』との解釈が多いが、これは違う。
トランプほど公約を実現している大統領はそうはいない」
--共同声明では米政府が求める「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」(CVID) の文言が明記されなかった
古 森
「CVID という文言が入らなかったのは時間がなかったからで、共同声明は大まかな確認という位置づけだろう。
だが、共同声明には CVID の『C』にあたる『完全(Complete)』が『朝鮮半島の完全な非核化』という文言としてある。
トランプとしては『C』にすべてが包括されているという認識で、CVID 政策を引っ込めたということはない。
CVID を主張した大統領補佐官(国家安全保障問題担当)のボルトンが、事前に『ボルトン外し』が伝えられながらも首脳会談に同席したことからも明らかだ」
拉致問題、歴代米政権で最大の協力
--首脳会談では日本人拉致問題の提起があった
黒 田
「『アメリカ・ファースト』のトランプがよく提起してくれたと思う。
トランプの対北融和策を受けて米国では今後、世論的には『北の人権問題はどうなった?』との声が高まるので、日本人拉致問題のアピールチャンスは増える」
古 森
「拉致問題は日本が解決すべき問題だが、これまでの歴代米政権の中でもトランプは最も強く協力してくれている。
首脳会談に同席したボルトンは拉致問題について最も熟知している米高官の一人だ。
今後、米朝の和平構築プロセスの中でトランプが拉致問題を折に触れて提起してくれると思うが、それだけでは解決できないとみられる。
日本として独自にどうするかが、米朝首脳会談後の国家的な課題だ」
--朝鮮戦争の終戦宣言は行われなかった
黒 田
「1953年の休戦以来、戦争は起きていないのだから実質的な意味はさしてない。
必要なのは不可侵条約的な平和協定だ。
ただ、米国人多数を犠牲にした朝鮮戦争の『終戦宣言』は、PR 好きのトランプにとっては見栄えのいいショーになるので、次回、金正恩をワシントンかニューヨークに呼んだときの目玉に残した可能性もある」
--今回の首脳会談では直接の当事者ではない中国の存在が目立った
古 森
「米朝首脳会談の結果を見て、中国は笑いをかみ殺しているだろう。
今後、米国が対北敵視をやめることが見込まれる上、北が中国への依存度を高めたからだ。
トランプは記者会見で、将来的な在韓米軍の縮小、撤収の可能性にまで言及したが、中国の長期的な東アジアの安全保障政策は米軍が出ていくことで、トランプ発言は中国側にとり喜ばしいもので『ついでに在日米軍も出ていってくれればいい』と思っているかもしれない」
黒 田
「今回、金正恩が非核化でこれといった譲歩をしなかったのは、対中関係改善で得た強気がある。
堂々と中国機でシンガポール入りしたのも、『チャイナ・カード』を誇示する意味があっただろう。
北の核保有国化の是非について、国際社会はあらためて中国の真意を追及すべきだ」
古 森
「今後の東アジア情勢や日本の安全保障にとっても大きな懸念が残った。
北の脅威は対韓国で大きく減り、対米でも減った。
ところが北の敵対的な対日態度はますます厳しくなっている。
戦後 70年、東アジアにおける米国の安全保障体制は、日米同盟と米韓同盟という両輪の上に成り立ってきた。
その必要性を裏付けてきたのは、北の軍事的脅威だった。
その脅威がなくなりつつあるならば、米国の政策全体が変わらざるを得ない。
これは日本にとって戦後最大の安全保障環境の変化になる恐れがある。
韓国と日本は同盟国ではないが、米国との同盟関係という共通点で何となく歩調を合わせてきたが、それが崩れる可能性がある」
「朝鮮戦争終戦」が次の目玉?
--今後の北朝鮮情勢は
古 森
「金独裁体制が不安定になり、危機に陥る可能性がある。
普通の指導者のふりをし、独裁体制の柱である核兵器を放棄し、経済援助を受け入れようとしている。
北の『普通の国』化だが、それにより独裁体制の基盤は弱くなる」
黒 田
「対話と交渉が続くのでその間、北は核保有国の “待遇” を楽しむことになる。
一方で非核化ポーズで国際社会を安心させ、話の分かる金正恩イメージと対外開放イメージを振りまきながら、制裁解除をはじめ経済建設のための利益追求に向かうだろう」
--日本は変化する北問題にどう対応すべきか
黒 田
「結果的に金正恩と会っていないのは日本の首相、安倍晋三だけになった。
慌てることはないが、拉致問題という日本固有の課題と国交正常化というカードを持つ日本としては、日朝首脳会談の実現を急ぐべきだ。
時流に乗るというのでなく活用すべきで、金正恩にとっても拉致問題は父の時代の案件だから独自の対応はできるだろう」
古 森
「自分の国の安全保障を自ら考え、自ら実行することが求められてきている。
東アジアの安全保障環境の変化で、これまで当然と思ってきたことが当然ではなくなるだろう」
◇
【用語解説】 朝鮮戦争
1950年 6月に勃発し、朝鮮半島全域が戦場となった戦争。
軍人や民間人ら約 300万人が死亡したとされる。
1910年に日本に併合された朝鮮は 1945年の第二次大戦終結に伴い、米国と旧ソ連に分割統治された。
その後、米ソ対立や内部の権力争いを経て、半島は「北部の北朝鮮」と「南部の韓国」に分断され、それぞれが国家を樹立した。
1950年 6月 25日、北朝鮮は突如、半島のほぼ中間を走る北緯38度線を越え、韓国側に侵攻。
3日後にソウルを陥落させた。
韓国側は最南端の釜山まで追い込まれたが、9月、米軍主体の国連軍による仁川上陸作戦で戦況は逆転。
国連軍は北朝鮮内への進軍を続けた。
国連軍の進軍で、自国の安全保障を危惧した中国も介入を決定。
中国人民義勇軍を派遣し、国連軍を押し返した。
戦況は一進一退が続き、その後、38度線付近で膠着(こうちゃく)状態となった。
1953年 7月、国連軍と北朝鮮軍、中国人民義勇軍の3者が休戦協定を締結。
韓国は李承晩大統領が休戦に反対し、調印を拒否した。
協定により、休戦当時の前線である「軍事境界線」と「南北幅約2キロの非武装地帯」が事実上の国境となった。
◇
【用語解説】 北朝鮮の核問題
北朝鮮と韓国は 1991年、「朝鮮半島の非核化に関する共同宣言」で合意。
しかし、北朝鮮は 1993年に核拡散防止条約(NPT)からの脱退を宣言した。
1994年に北朝鮮は核問題解決に向け米国と枠組み合意をしたが、毎年 50万トンの重油を受け取った末、2003年に合意は破綻した。
北朝鮮は2005年 2月に核保有を宣言。
2006年 10月から 2017年 9月まで豊渓里(プンゲリ)で計 6回の核実験を強行した。
2017年 11月、新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星15」の発射実験に成功したとして「国家核戦力完成」を宣言。
トランプ政権が北朝鮮を軍事攻撃する可能性が指摘された。
今年に入り、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は対話姿勢に転じ、4月の南北首脳会談で「完全な非核化」を目標とする共同宣言に署名した。
5月 24日には北朝鮮の核兵器研究所が、豊渓里の核実験場を完全に廃棄する式典を行ったとの声明を発表。
式典には米韓などの報道陣が現地入りし、声明は廃棄を「核実験中止の透明性を担保するため」だと強調した。
だが、正確な検証をすべき専門家は招待されず、核放棄の意思を装うパフォーマンスという見方もある。
5月24日、北朝鮮北東部豊渓里で爆破される核実験場の施設(AP)
金正恩氏を変えた「恐怖」
古森義久特派員
「東アジア情勢激変、高笑う中国」
黒田勝弘特派員
「体制保証のツケ、どう取り戻す」
2018.06.14
(www.sankei.com/world/news/180614/wor1806140004-n1.html )
トランプ米大統領と北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の史上初の首脳会談について、米朝関係を長年にわたり取材し続けてきた本紙の
・古森義久・ワシントン駐在客員特派員と、
・黒田勝弘・ソウル駐在客員論説委員は、
金正恩氏が米国との初の首脳会談の開催にこだわった理由について「恐怖」をともに挙げた。
古森特派員は
「北朝鮮がほほ笑み外交に転じた年初以前は、ワシントンでは『軍事攻撃』という言葉が北問題で頻繁に出ていた。
北が今までのやり方を変えざるを得ないところにまで追い込まれた」
と分析。
黒田特派員も
「何をやり出すか分からない予測不可能なトランプ氏が、核・ミサイル問題を口実に軍事的攻撃をしてくるかもしれないという恐れ」
を理由にあげた。
首脳会談で最大の焦点だった北朝鮮の非核化について
古森特派員は、
両首脳が署名した共同声明で「非核化をすれば北朝鮮の安全を保証するという考えがにじみ出ており、トランプ氏が北側に折れなかったことの証左だ」
と分析。
一方、黒田特派員は
「北朝鮮は米朝交渉を一種の戦争と考えているはずだから、米国をはじめとした国際社会は『戦争も辞さず』という覚悟がないかぎりこの交渉には勝てない」
と厳しい見方を示した。
北朝鮮の今後の動きについては
「金独裁体制が不安定になり、危機に陥る可能性がある」(古森特派員)、
「経済建設のための利益追求に向かう」(黒田特派員)
との見通しを述べた。
◇
古森義久・ワシントン駐在客員特派員と、
黒田勝弘・ソウル駐在客員論説委員の
発言詳細は以下の通り。(本文敬称略)
--史上初めて米朝の首脳が向かい合った
古 森
「最初に金(キム)正恩(ジョンウン)とトランプが両国の国旗の前で長い間、握手していたシーンが印象に残った。
超大国で民主主義国家のリーダーが、独裁国家の危険な人物と対等に見える形で握手し、親しみの態度を表し合い会談したことに『おかしい』という声も米国にある。
非現実的なシーンが現実になったとの感慨だ」
黒 田
「2人とも破格的な指導者なのでサプライズ(驚くべき成果)を期待したが完全に裏切られた感じで、『まったくサプライズがなかったのがサプライズ』という皮肉な結果だ。
最大の関心は、北朝鮮に非核化の具体的道筋と確実な核放棄を約束させることだったが、先の板門店での文在寅・金正恩会談と同じく抽象論だけで、今回も具体論は先送りとなってしまった。
米朝和解ショーに終わったといえる」
--北朝鮮の非核化は実現できるのか
古 森
「北の核開発をめぐる最初の米朝合意となった 1994年の『米朝枠組み合意』のころからワシントンを中心に取材を続けてきたが、3代にわたる『金独裁体制』をとる北が核を放棄することは絶対にないと考えてきた。
核は金独裁体制を支える基盤だからだ。
しかし、今年 5月 25日以降『もしかしたら非核化が実現するんじゃないか』と思うようになった。
前日 24日にトランプが突如『会談中止』を通告したが、北朝鮮側はすぐさま『いつでも会う用意がある』などと言い出した。
この様子を見て北の必死さが分かった。
それほど金正恩が追い詰められているということだ。
ワシントンの専門家の間では、金正恩が会談を求めてきた理由について『恐怖』のひと言で受け止められている。
このままでは経済制裁の重圧が増し、米側が軍事オプションの比重を増すと考えたのだろう。
北がほほ笑み外交に転じた年初以前は、ワシントンでは『軍事攻撃』という言葉が北朝鮮問題で頻繁に出ていた。
北が今までのやり方を変えざるを得ないところにまで追い込まれたと感じた」
北を追い詰めた恐怖が対話に
黒 田
「年明けから金正恩が対話路線に転じ、対外関係改善に乗り出した背景は2点ある。
何をやりだすか分からない予測不可能なトランプが、核・ミサイル問題を口実に軍事的攻撃をしてくるかもしれないという恐れと、制裁強化による経済難だ。
4月の中央委員会総会では、核開発は完成したから今後は経済建設が目標と決めた。
しかしどちらかというと前者の意味が大きい。
前者はすぐ体制崩壊につながるが、後者は慢性的な問題。
北がこだわる体制保証というのは、とにかく戦争をしかけないでくれという意味だ。
したがって体制保証と核放棄とが取引になっているのだが、共同声明では体制保証の約束の方が強く出ていて核放棄の約束はない。
トランプからすると今後は、核放棄の具体化という金正恩への貸しというかツケを取り戻す番になるが、北相手では制裁や軍事的脅威など脅しと圧力抜きにはツケもなかなか取れない。
幸い制裁は続けるとは言っているが」
古 森
「共同声明をみると『トランプ大統領は北朝鮮に安全の保証を与えると約束し、金正恩委員長は朝鮮半島の非核化を完結するための固く揺るぎない約束を再確認』と一つの文章で書かれている。
非核化をすれば安全を保証するという考えがにじみ出ており、トランプが北側に折れなかったことの証左だ」
黒 田
「北に核放棄をさせるという意味での非核化実現はきわめて困難だ。
北にとっては完全武装解除になるからだ。
その意味で北は米朝交渉を一種の戦争と考えているはずだから、米国をはじめとした国際社会は『戦争も辞さず』という覚悟がないかぎりこの交渉には勝てない。
現在は軍事オプションがなくなり、対話と交渉の局面。
政権が代わればどうなるか分からない米国頼みの『体制保証』など北も心底では信じてはいないので、核放棄の展望は難しい」
--首脳会談を行ったことが北を利するのか
黒 田
「トランプは事前段階での北の態度に不満でいったん中止を発表した。
今考えるとあれが正解だった。
北は長年、米朝直接交渉に焦がれてきたのだから、あそこでもっと冷たくして北をさらにじらせればよかったが、二人三脚の文在寅・金正恩の “もみ手” に負けてしまった。
トランプ自身、記者会見で『非核化の具体策を得られなかったのは時間がなかったから』と弁明しているが、会談開催を焦らず時間をかけ金正恩を追い詰めればよかった。
基本的に米朝会談の動機は北にあったのに、トランプはそれを無視し、秋の中間選挙など国内向けに自分の点数にしようと逆に会談開催を焦った感じがする。
本人がよく知っているように交渉や取引は焦った方が負けだ。
今回の米朝ディールは、会談中止に焦ったふりをしてトランプを喜ばせた金正恩の勝ちだ」
古 森
「現時点で見ると両方がそれなりの『実』をとった。
会談までの経緯をみれば、北側が最重要の核政策を変えるといって会談を求めてきたわけで、これは米側の勝利といえるだろう。
今後は北が『すぐやる』とした非核化をどう行動で示すかが最大の鍵だ。
それが進まなければ追加制裁も可能で、軍事攻撃以外にもまだまだできることはあり、北は弱い立場だ。
トランプについて『中間選挙のため』との解釈が多いが、これは違う。
トランプほど公約を実現している大統領はそうはいない」
--共同声明では米政府が求める「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」(CVID) の文言が明記されなかった
古 森
「CVID という文言が入らなかったのは時間がなかったからで、共同声明は大まかな確認という位置づけだろう。
だが、共同声明には CVID の『C』にあたる『完全(Complete)』が『朝鮮半島の完全な非核化』という文言としてある。
トランプとしては『C』にすべてが包括されているという認識で、CVID 政策を引っ込めたということはない。
CVID を主張した大統領補佐官(国家安全保障問題担当)のボルトンが、事前に『ボルトン外し』が伝えられながらも首脳会談に同席したことからも明らかだ」
拉致問題、歴代米政権で最大の協力
--首脳会談では日本人拉致問題の提起があった
黒 田
「『アメリカ・ファースト』のトランプがよく提起してくれたと思う。
トランプの対北融和策を受けて米国では今後、世論的には『北の人権問題はどうなった?』との声が高まるので、日本人拉致問題のアピールチャンスは増える」
古 森
「拉致問題は日本が解決すべき問題だが、これまでの歴代米政権の中でもトランプは最も強く協力してくれている。
首脳会談に同席したボルトンは拉致問題について最も熟知している米高官の一人だ。
今後、米朝の和平構築プロセスの中でトランプが拉致問題を折に触れて提起してくれると思うが、それだけでは解決できないとみられる。
日本として独自にどうするかが、米朝首脳会談後の国家的な課題だ」
--朝鮮戦争の終戦宣言は行われなかった
黒 田
「1953年の休戦以来、戦争は起きていないのだから実質的な意味はさしてない。
必要なのは不可侵条約的な平和協定だ。
ただ、米国人多数を犠牲にした朝鮮戦争の『終戦宣言』は、PR 好きのトランプにとっては見栄えのいいショーになるので、次回、金正恩をワシントンかニューヨークに呼んだときの目玉に残した可能性もある」
--今回の首脳会談では直接の当事者ではない中国の存在が目立った
古 森
「米朝首脳会談の結果を見て、中国は笑いをかみ殺しているだろう。
今後、米国が対北敵視をやめることが見込まれる上、北が中国への依存度を高めたからだ。
トランプは記者会見で、将来的な在韓米軍の縮小、撤収の可能性にまで言及したが、中国の長期的な東アジアの安全保障政策は米軍が出ていくことで、トランプ発言は中国側にとり喜ばしいもので『ついでに在日米軍も出ていってくれればいい』と思っているかもしれない」
黒 田
「今回、金正恩が非核化でこれといった譲歩をしなかったのは、対中関係改善で得た強気がある。
堂々と中国機でシンガポール入りしたのも、『チャイナ・カード』を誇示する意味があっただろう。
北の核保有国化の是非について、国際社会はあらためて中国の真意を追及すべきだ」
古 森
「今後の東アジア情勢や日本の安全保障にとっても大きな懸念が残った。
北の脅威は対韓国で大きく減り、対米でも減った。
ところが北の敵対的な対日態度はますます厳しくなっている。
戦後 70年、東アジアにおける米国の安全保障体制は、日米同盟と米韓同盟という両輪の上に成り立ってきた。
その必要性を裏付けてきたのは、北の軍事的脅威だった。
その脅威がなくなりつつあるならば、米国の政策全体が変わらざるを得ない。
これは日本にとって戦後最大の安全保障環境の変化になる恐れがある。
韓国と日本は同盟国ではないが、米国との同盟関係という共通点で何となく歩調を合わせてきたが、それが崩れる可能性がある」
「朝鮮戦争終戦」が次の目玉?
--今後の北朝鮮情勢は
古 森
「金独裁体制が不安定になり、危機に陥る可能性がある。
普通の指導者のふりをし、独裁体制の柱である核兵器を放棄し、経済援助を受け入れようとしている。
北の『普通の国』化だが、それにより独裁体制の基盤は弱くなる」
黒 田
「対話と交渉が続くのでその間、北は核保有国の “待遇” を楽しむことになる。
一方で非核化ポーズで国際社会を安心させ、話の分かる金正恩イメージと対外開放イメージを振りまきながら、制裁解除をはじめ経済建設のための利益追求に向かうだろう」
--日本は変化する北問題にどう対応すべきか
黒 田
「結果的に金正恩と会っていないのは日本の首相、安倍晋三だけになった。
慌てることはないが、拉致問題という日本固有の課題と国交正常化というカードを持つ日本としては、日朝首脳会談の実現を急ぐべきだ。
時流に乗るというのでなく活用すべきで、金正恩にとっても拉致問題は父の時代の案件だから独自の対応はできるだろう」
古 森
「自分の国の安全保障を自ら考え、自ら実行することが求められてきている。
東アジアの安全保障環境の変化で、これまで当然と思ってきたことが当然ではなくなるだろう」
◇
【用語解説】 朝鮮戦争
1950年 6月に勃発し、朝鮮半島全域が戦場となった戦争。
軍人や民間人ら約 300万人が死亡したとされる。
1910年に日本に併合された朝鮮は 1945年の第二次大戦終結に伴い、米国と旧ソ連に分割統治された。
その後、米ソ対立や内部の権力争いを経て、半島は「北部の北朝鮮」と「南部の韓国」に分断され、それぞれが国家を樹立した。
1950年 6月 25日、北朝鮮は突如、半島のほぼ中間を走る北緯38度線を越え、韓国側に侵攻。
3日後にソウルを陥落させた。
韓国側は最南端の釜山まで追い込まれたが、9月、米軍主体の国連軍による仁川上陸作戦で戦況は逆転。
国連軍は北朝鮮内への進軍を続けた。
国連軍の進軍で、自国の安全保障を危惧した中国も介入を決定。
中国人民義勇軍を派遣し、国連軍を押し返した。
戦況は一進一退が続き、その後、38度線付近で膠着(こうちゃく)状態となった。
1953年 7月、国連軍と北朝鮮軍、中国人民義勇軍の3者が休戦協定を締結。
韓国は李承晩大統領が休戦に反対し、調印を拒否した。
協定により、休戦当時の前線である「軍事境界線」と「南北幅約2キロの非武装地帯」が事実上の国境となった。
◇
【用語解説】 北朝鮮の核問題
北朝鮮と韓国は 1991年、「朝鮮半島の非核化に関する共同宣言」で合意。
しかし、北朝鮮は 1993年に核拡散防止条約(NPT)からの脱退を宣言した。
1994年に北朝鮮は核問題解決に向け米国と枠組み合意をしたが、毎年 50万トンの重油を受け取った末、2003年に合意は破綻した。
北朝鮮は2005年 2月に核保有を宣言。
2006年 10月から 2017年 9月まで豊渓里(プンゲリ)で計 6回の核実験を強行した。
2017年 11月、新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星15」の発射実験に成功したとして「国家核戦力完成」を宣言。
トランプ政権が北朝鮮を軍事攻撃する可能性が指摘された。
今年に入り、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は対話姿勢に転じ、4月の南北首脳会談で「完全な非核化」を目標とする共同宣言に署名した。
5月 24日には北朝鮮の核兵器研究所が、豊渓里の核実験場を完全に廃棄する式典を行ったとの声明を発表。
式典には米韓などの報道陣が現地入りし、声明は廃棄を「核実験中止の透明性を担保するため」だと強調した。
だが、正確な検証をすべき専門家は招待されず、核放棄の意思を装うパフォーマンスという見方もある。
5月24日、北朝鮮北東部豊渓里で爆破される核実験場の施設(AP)