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◆ (53) 第八章 ③ 偉大なる試み

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パトリック・J・ブキャナン著
宮崎哲弥監訳
病むアメリカ、滅びゆく西洋
2002年12月5日 成甲書房


第八章 非キリスト教化されるアメリカ

(3) 偉大なる試み



今、われわれは大胆極まりない企てを実行中だ。
さながらルシファーかアダムのごとく西洋人は神に背き、みずから神になると決心した。

キリスト教精神を放棄する西洋人曰く、
「医学・バイオ科学の発展により、われわれは生命の発生防止・延長・創造・複製法を学んだ。
軍事技術向上により、一人の犠牲者も出さず戦争に勝てる策もある。
金融政策熟知により恐慌も未然に防げる。
景気後退でさえ予防できる日は近い。
グローバルエコノミーは自由市場、自由貿易を通じた繁栄を保証してくれている。
世界的な民主化の波は世界平和をもたらすだろうし、すでに世界政府的機関も各種整いつつある。
時間と善意さえあれば到達は目前だ。
神は良き指導者であったがもう必要ない。
あとはわれわれが引き継ぐ」



キリスト教放棄は文明を賭した大きな賭けだ。
アメリカは 200年間国家の舵取りをしてきた羅針盤を捨て、行き当たりばったり帆を操りはじめた。
天の導きもなしにただ己の判断のみで舳先を向ける。
こうしたやり方を建国の父たちは諫 (いさ) めていた。
貞節なき自由国家はありえず、信仰心なき美徳は存在せず、と。

「信仰なき地で徳が維持されると思うなかれ」 とワシントンは辞任演説で述べた。
「繁栄に至る絶対不可欠な要素は信仰心と道徳心である」 と。

ジョン・アダムズも同じ。
「われらが憲法は道義をわきまえた信心深い国民のためにのみ作られた。
そうでない者に対しては何の用もなさない」



従来の倫理規範崩壊に伴う米国社会の変化を見てみよう。



◍  白人女性から産まれる子供の 4人に 1 人は非嫡出子 (1960年には 2%)。
 未婚の白人女性の 4人に 3人は 19歳以下で性体験をしている (1900年には 6%)。
 10代の自殺は 60年代の 3倍に増えた。
 高校生の学力は先進諸国のなかで最低である。



◍  現在、国内での人工妊娠中絶は年間 120 ~ 140万件と西側諸国で最も多く、ロウ対ウェイド判決以来、累計 4000万件にのぼる。
 既婚女性の出産数は 1960年の 400万人から 1996年、270万人にまで減少した。



◍  離婚率は 1962年の 3・6倍に増え、現在、子供の 3人に 1 人は片親家庭で暮らしている。



◍  現在、国内の刑務所に収監されているアメリカ人はおよそ 200万人。
 450万人が保護観察中または仮出獄中。
 1980年の刑務所収監者数は 50万人だった。



◍  国内の麻薬中毒者数は 600万人。



◍  アフリカ系の居住地では申請所の 69% が非嫡出子、子供の 3分の2 は片親世帯、男児の 28・5% は将来自分は前科者になると考えている。
 主要大都市では 16 ~ 35歳の黒人男性の 4割は入獄中、または保護観察か仮出獄中。
 ドラッグはごく一般的。
 学校へ行かない児童はたくさんいる。
 まじめな子供はいじめを受ける。
 女子は麻薬でハイになった非行グループに性的いたずらや暴行を受ける。



以上、滅びつつある社会の統計、キリスト教を放逐しつつある改革派の初回の成果である。
この統計を見て、ホイッティカー・チェンバーズの自叙伝 『証人』 の一節を思い出した。
「歴史は神をないがしろにした国家のばらばらの破片となって死に絶えた」。

先述のジム・ネルソン・ブラックはこう言っている ――
どれだけ過去を遡ろうと、いつの世も宗教は栄華を誇る社会の礎 (いしずえ) だった。

インド、中国、パレスティナ、ギリシャ、カルタゴ、アフリカ、あるいは中南米、どの文明を見ても筋書きは同じ ―― 宗教とともに文明は興り、その伝統的信仰の腐食とともに国家は滅びる。



西洋各国がアメリカと同じ道をたどりつつある。
1960年から 2000年にかけ、婚姻外出生の割合は
カナダで 4% から 31%、
英国で 5% から 38%、
フランスで 6% から 36%
へと激増している。



2001年秋、多くの聖職者を前に、ウェストミンスター大主教マーフィー=オコナー枢機卿は、英国民の倫理規範としてキリスト教は 「敗北した」 と語った。
そして、人々は酒やドラッグ、ポルノ、気晴らしのセックスに幸福を求めているとの指摘は 1 年前のカンタベリー大主教ジョージ・ケアリーの声明に呼応する ――
「暗黙のうちに無神論が普及し、死は人生の終焉とみなされている。
今この場かぎりのことに専念する姿勢が永遠という思想を的外れに思わせる」



だが、汚水タンクも人によっては温浴槽と感じるものだ。
敬虔なマルキストにしてみたらカストロ・キューバは 50年代のキューバに比べて天国だし、流刑者の作ったマイアミ村に比べても住みやすいまともな環境だ。
われらが改革派にとっては離婚も中絶も、そしてキリスト教思想が廃物になっていくさまも、自由への一里塚と映るのであろう。



しかし国民の間に善悪の基準のコンセンサスがない今、どうしたら住みよい社会が実現できるというのか。



伝統主義者は逃げることはできても隠れることはできない。
公立学校・公的機関に続き次なる標的は私立学校・民間団体だ。
公的資金援助を餌にどの団体も神を奪われ、「すべてのライフスタイルは平等」 との絶対原則遵守を強いられるに違いない。
反旗を翻す者には ―― 呪詛 (じゅそ) をかけよ。
さて、西洋の未来やいかに。
再びエリオットから ――

 もしもキリスト教が滅んだら、私たちの文化もすべて滅びる。
 そうなったらまた一からやり直しだ。
 出来合いの文化をさらりと身にまとえrわけがない。
 草が生えるのをじっと待ち、羊が草を食 (は) み、その羊から毛を刈り取ってはじめて新たな上着がこしらえられる。
 何世紀にも渡る未開時代が続くに違いない。
 曾孫たちはもちろんのこと、曾孫の孫さえ新たな文化を目にすることはないであろう ――
 そんなことにならなければ幸いだ。

          ◇


目 次
(
http://hawkmoon269.blog.so-net.ne.jp/2016-08-15 )

日本版まえがき
序として

第一章 西洋の遺言
第二章 子供たちはどこへ消えた?
第三章 改革要項
第四章 セラピー大国はこうして生まれた
第五章 大量移民が西洋屋敷に住む日
第六章 国土回復運動
レコンキスタ
第七章 新たな歴史を書き込め
第八章 非キリスト教化されるアメリカ
第九章 怯える多数派
第十章 分断された国家
著者あとがき
監訳者解説



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