(Ⅳ) 古田博司著 『新しい神の国』
目次
(http://hawkmoon269.blog.so-net.ne.jp/2013-02-28 )
FIVE FINGER DEATH PUNCH
The Pride (2012)
5FDP の音楽は気に入ってるんですけど、基本的に(?!)スキンヘッドが苦手な上に、
髪があったとしても、ムーディという名前とは違う、左とん平みたいな顔のヴォーカルが・・・w
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アメリカが採用した資本主義は、自然の力学と酷似している。
ダーウィン主義と資本主義には類似点が多いんだ。
最高のものを目指して、それを手に入れるかどうかは自分次第。
孤独なシマウマでいるのもライオンの群れに加わるのも自由だ。
反抗すべき対象は自分の環境であり、怠け癖であり、凡庸さであって・・・社会体制じゃない。
最高のものが生き残るっていう概念が俺たちの遺伝子には組み込まれてるんだ。
みんながみんな平等じゃ、進化なんて存在しない。
人間の精神は、抜きん出ることを奨励してるんだよ ―ゾルタン・バソリ (g)
☆
第7章 和人たちの夏
1. 繰り返される儒教の独自解釈
2.日本的和の世界
3.嫌われることを恐れる心性
4.東アジア諸国民に日本の和は通じない
5.中華では存在すると思われる物は実在する
6.和は己を持って貴しとなす
7.最後に別々の残酷さを顧みる
2.日本的和の世界
また藤原氏は、ジョン・ロックなどを引き合いに出して西洋近代合理精神の限界を語り、
アンチ・キャピタリズムの旗幟鮮明にするとともに、
「策士スターリンと毛沢東に誘い込まれたとはいえ、当時中国に侵略していくという
のは、まったく無意味な 『弱い者いじめ』 でした。
武士道に照らし合わせれば、これはもっとも恥ずかしい、卑怯なことです」
といい、この点でも左翼の 「贖罪」 の基本路線を踏んでいる。
すなわち筆者の見立てでは、氏はいわゆる良心的知識人に属する人であり、そこに日本
の名家に残っていた儒教道徳的な躾を盛り込み、瓦解しつつある左派の倫理全体の隙
間を埋めようとした、あくまでも 「左翼的な」 人物ではないかと思われるのである。
結局、戦前戦中のアジア主義は主に国家主義者たちやファシストたちによって担われ、
戦後のアジア主義は進歩的文化人や良心的知識人によって唱導されたのだが、どちら
も東アジア社会の実態を書いた、日本側からの一方的な写実で終わったことに変わりは
なかった。
向こう側からの実態説明が皆無なのである。
ゆえに、前者は侵略、後者は贖罪という片務的な関わり方しかできなかったのであろう。
そして、両者のさらなる共通点は、日本と東アジア諸国が同じ文明圏にあるという思い
込みであり、無知 (あるいは盲目) であるが、その根底にはおそらく、他者に嫌われ
孤立することを本能的に嫌う、日本人の心性があったのではないだろうか。
そうでなければ、なぜこれほど執拗に何度も姿を変えて、儒教道徳が東アジアとの共通
項として立ち現われてくるのかが、わからないのである。
独りぼっちで太平洋に向かい、いわば東アジアに蓋をするような日本の地政学的位置も
大いにおずかって、そのような心性が醸成されたのかもしれない。
それは日本を中心に東アジア地域の地図を 180度転倒させたときには、ひしひしと感じ
られる体のものである (逆に大陸の方から見れば、現今の中国の原潜がどんなに太平
洋に出たいかも分かろうというものである)。
(↑) このブログでも、このことはしばしば書いてます。
西から見た東アジア周辺図
ゆえにファシストもコミュニストも、「そんな勝手なことばかりしているとアジア、ひいては
世界で孤立するぞ」 とばかりに、「日本孤立化論」 を煽ったのである。
そしてどちらも日本人に対し、東アジア諸国民との連帯を声高に叫んだのだった。
すでに第五章で、1920、30年代に活躍した日本の私小説家の作品を、江戸の戯作の
伝統を引くものとして紹介したが、じつはこれを読み込むことは、北朝鮮の 『労働新聞』
を読むほどにつらいものがあり、ウンザリするほどのつまらない身辺雑記が、子供の頃
の回想から死ぬ間際まで延々と繰り返されるのが普通である。
ところが、1940、50年代、特に戦後に活躍する武田泰淳や堀田善衛などの全集を読ん
でいると、彼らがこれらの 「つまらない私小説」 の大ファンだということに気づくのである。
これは一体どうしたことなのだろうか。
思い当たることは、あいだに戦争があったことである。
武田泰淳や堀田善衛らは戦時中に強烈な体験をし、それを題材にして戦後の文壇を、
上海の路地裏の売笑窟から硝煙たなびく華北の黄土にまで、ネガを繰るように広げる
ことができた。
その彼らが戦前の私小説を読むときには、なんともいえぬ安堵感を覚えたのではあるま
いか。
ちょうど日々の激務に疲れたわれわれが、テレビや映画で 「はぐれ刑事」 や 「男はつら
いよ」 を見たときに感じる、あの感覚であろうか。
そして、それらの私小説に登場する人物たちは、だいたい、
1. 人に嫌われることを大変に恐れる
2. 自分の中の悪から目をそらす
3. 優位を羞じて、自分を劣位に置く
4. 周りはみな善い人で話し合えばわかると信じている
という心性を共有しているのが特徴である。
いま、このうち 3つくらい出てきそうな文章を、私小説家、嘉村磯多の作品から次に引い
てみよう。
求道的で勉強がよくできた嘉村の中学時代の回顧小説である。
西寮十二室といふ私共の室には、新入生は県会議員の息子と三等郵便局長の
息子と私との三人で、それに二年生の室長がゐたが、県会議員や郵便局長が
立派な洋服姿で腕車を乗り着けて来て室長に菓子箱などの贈物をするので、室
長は二人を可愛がり私を疎んじてゐた。
(中略)
私は悲しさに育ちのいゝ他の二人の、何処か作法の高尚な趣、優雅な言葉遣ひや
仕草やの真似をして物笑ひを招いた。
私の祖父は殆ど日曜日毎に孫の私に会ひに来た。
白い股引に藁草履を穿いた田子そのままの恰好して家でこさへた柏餅を提げて。
私は柏餅を室のものに分配したが、皆は半分食べて窓から投げた。
( 「途上」 1932年、『秋立つまで』 岩波文庫、1953年)
人に嫌われることをとても怖がり、勉強のできる自分を低く措定し、予想されるであろう
悪を自ら演出してしまう。
漱石や鴎外の個人主義文学のような面白さも深みもまったくなく、立派でも何でもない。
実にどうでもよ私小説なのだが、「ああ、自分にもこんなことがあったような気がする」 と、
思わずホッとする。
そして、「僕も悪くない、君も悪くない、でもお互いを苦しめ合ってしまうのはなぜだろうか」
と、伏し目がちに佇 (たたず) む。
このような私小説は今ではもうないが、現在のテレビドラマではこのようなものを、ときど
き垣間見ないだろうか。
登場人物はみんな善い人なのに、嫌われていると思いこんである人を押してしまうと、
その人が倒れてテーブルの角とか玻璃 (はり) の灰皿なんかに頭を打ちつけて死ん
でしまう。
そこから物語が始まり、最後の方になると強要もしないのに犯人は自白してしまい、
場面は急展開して、崖か河原で関係者全員が集まり、誰も悪くないという解説をし合う
ような善人たちの物語を、私はよくテレビで見かけるのだが・・・。
3.嫌われることを恐れる心性
につづく。
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(1772) 第7章(2)日本的和の世界
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